ボスは迷文家シリーズ

ADD
Attention- Deficit Disorder 注意欠陥障害


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本日、当HPに掲載した「チャンスをつかめ」で、無神経なADD表記のしたことに対して抗議を受けましたが、同じ方からADDに関して下の説明が入りましたので、この場に掲載させていただきます。以下がその手紙内容です。

ADDとはAttention Deficit Disorderの略で「注意欠陥障害」, また、ADHDは[注意欠陥多動性障害」、両方を含めてADDと称されているようです。 成人の場合はAdult ADDといいます。読んで字のごとく、注意力が散漫になる先天性の病気。 しかし、病気というよりも障害といった方が正しいでしょう。原因は、脳内ホルモン伝達物質機能障害に あって、これを治すにはリタリンという物質を補う他に方法はないそうです。ADDの顕著な症状は、 行動をなかなか起こさないこと、優柔不断にみえるかもしれません。ADDをかかえた人たちは、 芸術的才能に恵まれて頭脳明晰です。更には、全体を把握する力に優れているそうなので、管理者向きな 才能を隠し持っているのかもしれませんが、集中力が欠けているのです。

米国ではADD患者への支援インフラが出来上がっているので、彼らが社会参加をする上では特別支障は ありません。私が聞いた話では、ADDを抱えている俳優トム・クルーズは台本に集中することが苦手だが、 周囲の理解と応援があるので、映画界での成功を収めているということです。仮にそれが本当の話でしたら、 アメリカとは弱者フレンドリーな国ということができますね。

(参考までに、小野沢の知り合いの ご家族は、シアトルで脳障害を持つお子さんを育てていらっしゃいます。東京では特別視邪魔者扱いが 強すぎるので大変だったそうですが、シアトルではインフラも整っていて、更にはアメリカ人たちも 特別視しないし邪魔者扱いもされないので気苦労もせずに暮らすことができる。お母さんご自身は東京 の方が良いのですが、お子さんのことを考えたら、日本へは戻れないと言っておられました。)

日本のADD患者たち、特に女性達は隠れるように生きています。誰にも本当の自分を見せたくないから、 外では有能なふりをして生きているのですが、内観では絶え間ない恐怖と自己嫌悪の毎日に 苦しんでいるのです。死んでしまえたらどんなに楽だだろうか、と誰もが毎日のように考えているようです。 他人の目には病的な兆候のないこの病気は、無気力な死の危険を常にはらんでいるということができるの です。

アメリカには「成人ADDの専門の病院」がいくつもあるそうですし、患者に対するサポート体制も充実し ています。日本の比ではありません。 もちろん、就業に関しても「ADDの証明書」があれば全く問題が ありません。大学ではADDに対しての理解が高いので、特定の必須科目の免除を許し、その代わ り本人が得意とする科目で単位を満たす方法を認めています。

以上のように、米国には弱者を守ろうとする社会的コンセンサスが確立されていて、患者たちが正常人と 変わることなく社会生活を送ることができるように、物理面そして管理面でのインフラがシステム化され ております。ADD患者であろうと、通常の生活を送ることができるのですね。しかし、日本は違います。 ADD専門の病院は無きに等しい状態ですから認識度も平行して低いもの。 ADDの診断は困難なので、日本では医者でさえ理解しきっていないようです。医師の中には示すべき 仁術心の欠片さえもっていない者もいて、ビジネスでも処理するかのように患者を冷淡に扱っているとい うことが現状です。「ADD?ああ、流行ってるよねえ、あれ。自己判断で自分もそうじゃないかって、 うちの病院に来る勘違い患者多くて困ってんのよ。あんたも、モノグサの言い訳の為に来たのでは ないの?」。患者は苦しんでいるから医者にかかるのです。これが医者が口に出して許される言葉で しょうか? これは実際にあった話です。その人は、失意のあまりに引きこもり、自殺未遂までした そうです。医者たちによるADDの受け止め方がこのレベルなんですから、日本の 一般市民の理解度に至っては押して知るべしということが想像できることでしょう。

環境的な理由から、日本のADD傾向の(特に女性たち)は、えてして無気力になりがちなのです。 自分がじたばたしても、すぐに苦しみが終わるわけでないことを知っているからです。いずれは日本 もアメリカ同様に認識が高く変わってゆくことでしょうが、日米の間には愕然とさせられる差が あるのです。

怖いことがひとつあります。知識と経験が低い医者たちによる誤診によって、ADDとの診断が下 されなかった患者の立場です。診断証明がない為に、 「ズルくだらしない人間」として社会的レッテル を貼られてしまうことがあるからです。 何にもレッテルを貼って弱いもの苛めをする社会が日本にあり ますから、患者たちはどんどんと社会的不適格者にされていってしまうのです。

日本に住む我々は、普通に話していると誰も親切で優しく礼儀正しいのですが、ひとたび自分たちと違 うことが分かると必ずその人にレッテルを貼って、それが弱者だと平気で苛める人が多くいます。 そんな行為によって、「なにげなく」弱者を精神的に追い詰めるのです。中学や高校だけではないですね。 大人社会でも、学校と同様な苛めを「良い人」という仮面をかぶった社会人たちが冷やかな目でやって のけているということができませんか? ADDで苦しんでいる人たちが今そんな環境で息を潜めて暮ら しているのです。

以上、当HPへ寄せられた手紙でした。

小野沢昭志
2001年11月07日

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