ボスは迷文家シリーズ

グアテマラひとり旅 マヤ文明の故郷


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グアテマラ行きの決定

中南米という言葉の響きから受ける印象は人によって異なる。多くの日本人にとっては、 軽快なリズムが心を浮き立たせる陽気なラテンというイメージが一般的であろう。 しかしグアテマラと限定すればもうわからなくなる筈だ。

歴史的に地震が続いてきた 廃虚

貿易に携わる人々にとっては、 アルゼンチン、チリ、コスタリカなどの一部の国を省いて、貧困、犯罪、麻薬、インフレ、 そして貿易取引きの絶対条件である信用状を開きにくい国々とでもいったところであろうか。 私はそんな中南米の中で貧困の度合いが最も高いグアテマラを訪れることにした。 貧困に苦しむ人々を観察する為ではない。私が生きてきたミレ二アム最後の誕生日をおくる為だ。 アマゾンに続き世界第二番目の大きさをもつ熱帯雨林の奥地にそびえ立つマヤ文明最大の遺跡 ティカルにある神殿の上で、360度の密林に囲まれて地平線に沈む夕日を眺め、 その後に空を飾る満天に輝く星の下で神々と語りながら人生のけじめをつける。 そんな感傷が団塊の世代を生きてきた私の心の奥底にあったのである。

グアテマラ市には夜着いた

しかし私のグアテマラ行きは最初からそんなに恰好のいい理由によるものではなかった。 決行10日前にグアテマラにしようと考えを固めた極めて単純なものであった。 もともとはカリフォルニア州最南端の街サンディエゴでオートバイをかりて、 メキシコの国境を越え、バハ・カリフォルニア半島南端のカボ・サンルカスまでの 1600km、往復3200kmを走破しよう、それが今ミレ二アム最後の誕生日の すごし方だと思っていたのだ。ところが、サンディエゴでライセンス・プレートのついた ダート用のバイクを借りることはできないということを知ったのだ。 リバーサイドでバイク・ショップを営む元バハ1000マイル・レースのチャンピオン である石井さんという人からも、つれない返事がきた。そんな折、インターネットで 知った永原さんから、グアテマラには確かレンタル・ショップがある、、、、 というご親切な連絡を頂いたのだ。この人は、地を這って(空路ではなく)世界を廻る 人なら誰でも参加ができるというサイト、Northern Walker(http://www.northernwalkers.com/) を主宰しておられ、現在旅行中というバイク野郎たちからのホットな情報がOn Timeで寄せられている。 とてもありがたく楽しいサイトである。永原さんご自身も世界をバイクで走破した人で、 中南米は確か複数の回数を走られたことがある。

グアテマラ市で最も危険地帯第四ゾーンの夕方

タイヤのハギレで靴底の修理

「梶さんねえ、メキシコは駄目だから、俺グアテマラにするよ、あそこだったらレンタル・ ショップがあるっていうことだし、、、」 極めて短絡的な方向転換なのだが、自分では君子豹変するものだと思っている。

マルカドについたバス

梶さんとは、JACC(Japan Adventure Cyclist Club)の創立者。彼自身15年前に自転車で 世界一周69ヶ国を成し遂げた男。アフリカではマラリアに苦しみ、肝炎で入院、そして コロンビアではオイハギにあってもいる。その時は腕時計のバンドをナイフで切られそれを 盗まれただけで済んだそうだ。日中でのできごと。あとで聞いたら、普通は手首ごと切られる そうだと知って、背筋がぞっとしたとか。翌日マーケットへ行ったらバンドのない時計が 沢山並んでいたようだ。現在50を前にしたこの万年青年は、就労年数よりも、学生や 世界放浪をしていた年数の方が長い。

「グアテマラは僕も好きだな、、。中南米の中でいちばん民族色も強いし、、、何といっても ティカルはいい。グアテマラ市からでも500Km。レンタル・ショップがあるアンティグアから でも580Km。一週間での往復だったら無理もない筈、、、」

グアテマラの民族色

梶さんは、グアテマラ中を自転車で廻った経験者。彼は、旅日誌のグアテマラのページをFAX してくれた。興味深かったことは、ティカルへ向かう道には頻繁にゲリラが出るので注意とか、 水道の水をウォーター・ボトルに入れたら一日もたたない内に苔がはえてしまった、、。 そこで私はこの国がつい最近まで激しい内戦を続けていたのだと思い出した。

この火山が何度も噴火し続いた

寿司屋で隣り合わせた時に「僕はゲリラに捕獲されたことがある、、」とお話してくれた田中さんと連絡。 「グアテマラへ行くの? やめた方がいいよ、、、。まだ家族だっているんだし、家のローンだって 残っているんでしょう? 僕がゲリラに捕獲されたのはグアテマラだったのだから、、。 あの時は恐くてね、後で気がついたら小便をもらしてた、、、。だってさあ、機関銃の銃口を脇腹に 突き付けられてごらんよ、、恐いからさ、、、。」

田中さんは、元商社の駐在員。帰国命令に従わず、米国に残り中南米諸国から木材を買い付けて ヨーロッパやアメリカの会社に転売するというブローカーの仕事をやっておられる方だ。彼は今まで にはインドネシアやベトナムでもゲリラに捕獲された日本国商社の最前線にいた人。そんな彼が グアテマラでの経験は三度目だけど恐かったというのだ。

でかい木琴を何人モノ奏者で

田中さんは続けて話してくれた。 「内戦が終わってからは、元ゲリラや元兵士たちに就職先がなくて、みんなであちこちの山に 入って山賊になっちゃったんだよ。彼等は銃の使い方だけしか知らないからね、、、」

読売新聞1998年1月8日付けによると、、、「グアテマラで内戦が終結してから一年が経過した、、、。 (中省略)、、、、政府と統一ゲリラ組織であるグアテマラ民族革命連合URNGとの和平合意に基づいて、 2500人のゲリラの武装解除、そして4万5千人いるうち三分の一にあたる政府軍兵士1万五千人の削減、、、。 (中省略)、、、、彼等に就職先はなく、社会復帰は進んでいない。従って、現在のグアテマラには 犯罪が増加し、36年間に及んだ内戦の傷痕が深いことを物語っている、、、」

かぼちゃの甘煮

私は、山賊が多いといわれているティカルのペテン地方に出向くのだ。ある友人はこの旅を自殺行 だといった。それほど危険が多いということなのだろう。私は、中南米に詳しい元大学教授(社会学) ジョージ・ドレーク博士に電話をした。彼は私の自転車仲間である。

「ジョージ、君は博士号をとったすぐ後で中南米のあちこちの国で原住民の部落で十年間くらい暮ら していたんだよね、それどこだっけ?」
「コロンビアとベネズエラ、、、、グアテマラに住んだことはあるけれど大学だけだった。」
「ティカルへは行ったことある?」
「何度も行った。」
「ゲリラだとかオイハギにあった?」
「コロンビアではあったけれど、グアテマラではなかった。」
「僕はバイクで進むのだけれど、どうだろうか?」
「注意して進めば大丈夫、暗くなってからは決して外へでないことだ。」

物売りの母子

実際に行ってみて、危険といわれている場所で実際に暗い中を私は歩いたのだが、注意深くしていた ので何もなかった。ただラッキーだっただけなのかもしれないが、、、。

永原さんからもご親切なメールが入った。 「ティカルまでは三分の二がダート。めったに味わうことができない走りを楽しむことができる、、、 お〜おい、もんがぁ〜さん、グアテマラのレンタル・ショップで借りたんでしょう? 電話番号おしえて?」 すると、もんがぁ〜さんから、どこへ行ったらバイクが借りられるのか連絡が入った。 ありがたいことだった。永原さんからは、グアテマラ市で旅行代理店を経営するかたわら民宿を営む 五十嵐さんという日本人の連絡先も教えられた。ここで情報を得た上で旅をすることが良いだろうと 言ってくれた。こういう親切はとても嬉しかった。

中南米大好き男、八代さんからのEmailでは、、、 「ティカルはいいですよ、神殿の上で神々との対話を楽しんできてください。」 彼は大手自転車会社に勤める私の友人(元アメリカ子会社の社長)の後輩。昔から面識もあった。 八代さんは退社したあと、10万円Onlyを元手にアメリカ横断一ヶ月を成し遂げた男。それも往復の 航空券4万8千円を差し引いたあとのお釣だけを元手にグレーハウンド・バスで旅をなしとげた。 その彼は中南米貧乏旅行も決行し、ボリビアにはまり込み、退社後の自分の会社名を、ボリビアの 首都La Paz(平和)と同じ名前にした。

横道にそれるが、この友人の義理の兄はおもしろい。大手銀行の部長を勤めたその人は東大を卒業 したエリート。50代に入ってから銀行を辞めて、退職金の全てを奥さんに与え離婚をした。その後、 東京のドヤ街山谷で三年間くらし、バチカンにある神父の学校に入った。現在は四国で神父になって しまった。

グアテマラ市

「俺は、グアテマラに行くぞ!」 この言葉を繰り返すことによって、私は自分をその気にさせる環境を整えていった。今まで私が成し 遂げてきたことの全てがそうだった。自分を思い込ませること。これが第一だ。それには自分がその 思想を信じ込むことしかない。しかし、中には私の刷り込みの繰り返しに巻き込まれて迷惑をしてい る人たちも多いだろう。だけど、そんなことを遠慮していたのでは、やりたいこともできない。そう 思っている。グアテマラやティカルを調べているうちに、ティカルの神殿に立ち誕生日を迎え、 今かかえている人生の悩みにケジメをつけることが必要なのだと信じて疑わないようになってしまった。 一度信じ始めると、猛烈に情報をインプットし、その雰囲気にしたってしまうのが私の性格だ。かくし て私はグアテマラ行きの航空券を手に入れてしまった。(続く)

おのざわショージ拝
1999年12月15日

08/12/01


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http://www.mine.ne.jp/a-rans/afghan/word.html#5_1

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