ボスは迷文家シリーズ

アメリカ諸々


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小野澤さま

ミュージカルの写真さすがですね、あれはデジカメですか?ソフトムードなタッチの色合いで動きがとても面白い、いい写真でした。

ローカルなミュージカルと言えば、姪っ子が高校生の時学校で演じたミュージカル("GoodNews")は素晴しかったです。僕はビデオでしか見てないのですが、母はそれを見るためシアトルまで行きました。生徒のレベルも高いですが、あれだけのミュージカルを指導できる先生がいることが驚きです。今度ビデオ送ります。ミュージカルに関してはアメリカの高校生と比べるのはかわいそうですが、日本の学校にも対抗できる音楽文化があるかと考えるとちょっと疑問ですね。事学校に限るとないかもしれませんね。それだけ魅力ある指導力を持った先生もいないでしょうし、育てていませんからね。

僕は幸いアメリカに姉が住んでいますから、そこに遊びに行けばアメリカ人の生の生活に触れられます。クリーニング屋へ行ったり、 地元の人間しか知らない様な小さなレストランで食事をしたり、郵便局で並んだりなどなどそれこそ小さな劇場でミュージカルを見るチャンスだってできる分けです。極端に言えばユニバーサルスタジオへ行くより郵便局で並ぶ経験の方がアメリカを見た事になると思います。知り合いがいない土地でも、例えばパリに行ってもルーブルより地下鉄探検や路地裏探検の方がよっぽど面白いと思うし、その国の文化や匂に触れられると思いますがね、、、また旅がしたくなりました。

太田様

ありがとうございました。ミュージカルの写真は最後列の席からデジカメで写したものですが、フラッシュをOFFにして(写真撮影は禁止=フラッシュは迷惑?)息を殺して、身体の動きが一番ダイナミックになる瞬間を待ちました。だけど、デジカメにはディレーがあるので、こういう写真はタイミングがつかみにくいです。

こちらの学校の先生の指導力は、日本とは比較にならないと思います。こちらでは世界的に優れた人材が数多く育ちやすい環境があります。数学でフィールド賞(ノーベル賞に匹敵)をもらった広中平祐氏の様に何かをやりとげた人は、どこかでアメリカの学校や研究所の影響を受けた人が多いという事実に注目すべきです。野口英世だってそうです。だってそうでしょう。日本がやっと新幹線を開通だなんて喜んでいた頃にはアメリカでは月に着陸したり、ジャンボ・ジェットを開発していたのです、 こちらの教育は日本の様な進学や就職を目的とした教育ではなく、生徒や学生の能力を引き伸ばす教育なのです。

これは思考スケールの違いだと思います。 末はより安定した企業に就職させる為の受験教育に、日本が国、学校、そして家庭をあげてヒステリックになっている間に、米国の教育は個人の性格や得意科目を引き伸ばしていたのですから。

二週間ほど前に僕の息子の高校のコンサートに行ってまいりました。息子はクワイヤーなのですが、他にもジャズ・バンドやジャズ・コーラス、そして我が町の二つの高校の合同オーケストラ。最高のコンサートでした。こういったアメリカ人の高校生の姿をみると、受験勉強に明け暮れている日本の高校生の心にゆとりが育ちにくいなあと思ってしまいます。

余談ですが、受験拒絶組の僕の高校生活はどうだったのか? 日本にアメリカ的な教育があったならば、僕の方が先にマイクロソフトをはじめていたのに違いないと思い憤慨しております。でも付属高校だったから、基本的に受験勉強はやらなくとも適当に進学ができました。戦後のベビーブ−マ−、そう団塊の世代だったので、受験競争は一番きびしかった時代だったのですが、受験勉強は一切拒絶し運動とバンドに明け暮れる高校生活。 受験勉強はやらなかったけれど読書はしていたので、高校生の頃から大江健三郎とかサルトルに没頭。三年生の年には日仏会館にサルトルの講演を聴きにいったほど、実存主義文学にカブレておりました。 三年生の時の担任が、林省吾(本名:亀谷悟朗)といって芥川賞や直木賞の候補にあがったほどの文学者でしたので少しは影響はあったかも? 太田さんもご存知の安西水丸さんと同じ担任でした。 水丸さんが小説家年鑑でしらべたら、我々の恩師は現在北京大学で教鞭をとっているとか、、、。

アメリカの教育にはそれが故のひずみがあります。 ドングリ造り(平均点教育)をしていないから、何かに優れているか全くの落ちこぼれか、極端な言い方をすればドングリたる平均の層が極めて薄い社会なのです。ここに貧富の差、そして失うものをもたない最下層の人種や難民が混ざってくるから大変。 身包み一枚でメキシコから不法進入してきたり、戦地からボートでアメリカに渡ってきた何百万人もの中には、高校でギャング団を結成し事件を起こし続けるワルが多く、学校で麻薬の販売を行ったり、恐喝や傷害事件をおこします。

こういった事件は、白人がおこすと目立たないのですが、少数民族がおこすと良識ある同族の人達までもがステレオタイプで見られていて気の毒です。 そんな彼等の為に弁明をひとつ。二十年前までは日系アメリカ人がアメリカの高校では成績上位者だったのですが、それが韓国系に変り、今ではベトナム系アメリカ人です。因みに、東南アジアギャングの犯罪もAsianギャングとなるので、そうすると日本人までもが同グループで十羽ひとからげです。

ギャングの連中は、彼等は失うものをもたなかったり、過去に目の前で人が殺されていくシーンを見続けてきたので、人の血や死を何とも思わない(?)のです。 僕らの住む郊外の街ではこういった問題はないのですが、シアトル市内にはロスアンゼルスから上がってきたギャングの数が増え続けております。シアトルで一番多いのは、メキシカン、ベトナム人、カンボジア人、そしてラオス人です。もちろん白人のギャングや黒人のギャングもいるのですが、移民ギャングは同じ民族内の抗争をやるので頻繁にニュースになります。日系ギャングは耳にしません。日本人にはそんな根性がないですよね。

太田さんもご存知のヤキマ市は、ワシントン州の麻薬の都との別名をもっております。昔は、農業や酪農で栄えた典型的なアメリカの田舎町だったのですが、農業や酪農は言葉が話せなくとも仕事に従事できるし、日本と同じ様な3Kの仕事なので、メキシコ人の不法労働者が安い賃金で身を粉にして働くので、凄まじい数のメキシコ人たちが移り住んでいるのです。その数たるや今では白人の数を上回り、それと正比例してメキシコ人ギャングの数が増え続けております。一般のアメリカ人はヤキマ市のダウンタウンへは行きません。アメリカは一昔前にカリフォルニア州とテキサス州をメキシコから略奪したので、今その仕返しをくらっているのでしょう。

おっしゃる通り、ユニバーサルスタジオは単なるエンターテイメントでしかなく、ディズニーランドの様にそのまま日本へもってくることだって基本的には可能なのですから、、そこでは単なる商業主義しかなく、人々の生の姿は見られませんね。 路地裏がいいだなんて、太田さんは、アーティストだけあって詩人ですね。 安アパートの上の階の窓から女が上半身をそり出して何か叫んでいる。女は素顔のままで化粧もない。 窓には、赤い花が小奇麗に咲いて色を添え、昼ちかくの陽が心地よいのか、そこには、まるまると太った猫が気持ちよさそうに昼寝している。こんな生活のありようが古いレンガ造りの建物にぬくもりを与えている。というような、、、、どこか、イタリアかフランスの路地裏のアパートにでもありそうです、、、、。 太田さんは、こんなシーンに詩や絵を感じるでのしょうね。

小野沢昭志 拝
12・28・98

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