針葉樹の深い森、海と湖と、、、 エメラルド・シティに遊ぶ
昨年末、ニューヨークへの旅の帰り、シアトルに数日滞在した。アメ リカに旅する日本人は、ニューヨークだのロサンゼルスだのへはよく 出かけるわけだが、シアトルに行くという話しはあまり聞かない。
行ってみなければわからないもので、この都市はさまざまな魅力を 持っている。シアトルはアメリカの太平洋側にある一大都市だが、それ はバンクーバー島とフラッタリ岬からぐぐっと入り込んだ北欧のフィヨル ドのような奥にあって、つまり海、針葉樹の深い森と湖、山頂に雪を いただいた山々と、自然の美しい要素をすべて備えている、まさにエメ ラルド・シティなのだ。
聞くところによると、アメリカ人がもっとも暮らしたいとおもっている街 らしいが、そのことはシアトルに行ってみるとよく分かる。初めてシアト ルに行ったのは一昨年のことで、今回もそうだが、この街で長く暮らし ている小野沢昭志氏(マウンテン・バイクの会社を経営している)のコン ドミニアムに泊めていただいた。
コンドミニアムはエリオット湾に面していて、24時間刻々と移り変わ るダウンタウンの風景を眺めることができる。持ち主である小野沢氏も この風景が気に入っているらしく、部屋には彼の撮ったエリオット湾か らのダウンタウンの写真が飾られていた。ダウンタウンのビル群には、 当然シアトルのシンボルともなっているスペース・ニードルも写っている。
小野沢氏には、スノクオルミー滝(この滝は映画「ツイン・ピークス」 で謎に満ちたホワイト・テール滝として登場している)やレイク・ユニオン 水門、ダウンタウンの名所パイク・プレイス・マーケットや夜のジャズ・ クラブなどあちこちを案内していただいた。
パイク・プレイス・マーケットは、店頭で客の買った大きな鮭を、店内 のレジにいる店員に放り投げ、それを店員がみごとにキャッチ、包み 終えた鮭はまた店頭の店員に投げ返されるというパフォーマンスが 人気を呼んでいる。どの店員もシルべスタ・スタローン並みの肉体だ。
今回のジャズ・クラブ(ブルース・ハープがとてもいい)では酔客と 店の用心棒とのちょっとしたトラブルがあり、結局酔客は店の外に放り 出されたのだが、なんだか映画みたいだった。旅人にはこんなトラブル も思い出だ。
まあ、こんなハプニングは別にして、シアトルの街の治安は決して 悪くない。何しろエメラルド・シティだから、市民もそれを誇りにおもって いるのだ。
シアトルで楽しかったことの一つにエリオット湾のイカ釣りがある。 これは小野沢氏のコンドミニアムの前にある夜の海(エリオット湾)で 釣るわけだが、ここではなかなかいい形のヤリイカが釣れる。
主に中国系のアメリカ人が釣りに来るのだが、ぼくたちは彼らの海面を照らすライトの、そのおこぼれの明かりで釣らせてもらうわけだ。 従って彼らより多く釣らないよう(ほんとかな?)それなりの気配りはして いる。釣れたイカはすぐ部屋に持ちはこび酒の肴にするという仕組み。 これが実に旨い。エリオット・カトルフィッシュだ。
なんだかうまく言えなくなってきた。シアトルという街はそれだけ魅力 が大きいのだろう。
(イラストレーター)
毎日新聞、98年1月25日 日曜版
安西水丸氏のコラム「わき役は楽し」 に掲載されたものから転載