ボスは迷文家シリーズ

物欲主義と無駄王国の日本


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僕はスカンジナビアなどに頻繁に行ってましたが、彼らと共に レストランで食事をしていて気がついたことは、彼らが皿の上 の米粒一つも残さないということでした。肉汁などのソースも 最後までパンできれいに拭いて食べるのです。アメリカでは食 べ残しを詰めて持ち帰ります。最近では変わってきたのでしょ うが、日本ではそれをやると「みっともない!」ことなのです。 日本ではまだまだ充分に使用に耐える電化製品や家具を粗大ゴ ミとして棄てています。豊かさの国、アメリカでも見られない 無駄が日本では観られます。


日本では貧困と物資不足の時代がつい最近まで続いていた ので、高度成長を通じていっきに一億総小金持ちになりました。 その反動で、1)過去には手に入れることができなかったモノを お金さえ払えば手に入れることができる、2)ブランド認知の高 い商品を身につけていれば飾り手の金銭価値も評価される(ブ ランド崇拝主義)ようになりました。社会学的に観るならば、村 社会、グループ社会、要はドングリの背比べ社会と言われる日 本特有の傾向かもしれません。

村社会やグループ社会にあっては、自分の意志よりもグループ の意志、そしてリーダーの意志が尊ばれます。自分の意志を殺 していないとやっていけない社会です。グループの中では自分 というものを出して、特出することが許されないのです。するとど こか他の場所で自分というものを表現しなければなりません。 それがモノなのではないでしょうか。モノに囚われている限り、 自分を主張しなくてもそこに埋没していることができるし、モノが 権威主義的に働いて社会的上下関係を暗黙のうちに決定します。

持てなかった者たちが急に持てるようになって、それが昔の反 動で、、、俄か成金を振舞うようになったのです。その過程の中 で物質主義が節操もなく膨らんでしまった。挙句の果て、すべて を金銭価値で判断するようになった。教育までもが本人の質向 上を目的とするのではなく、学歴ブランドでより良い就職先を求 めるだけのものになってしまった。全てが表面的な価値で判断 されていて、人間の本質的な価値が欠落しているのです。

留学生にクレジットカードまで持たせるオヤバカもいます。もしも の時に、、という言い訳が聞こえるのですが、僕が留学した時代 は日本からの送金も限られていたので、アパートどころか、寝袋 でホームレスをやってました。食い物は、カフェテリアで皿洗いを やりながら残り物で手がついてないものを袋に入れて持ち帰っ て食べていたのです。24時間オープンの図書館に寝袋こみでい って、本を読みながら眠りについていました。車どころかテレビも ないし、レストランにゆくお金なんて一銭も持っていなかったので す。今の留学生たちは金銭的に恵まれている、、というよりも、基 本的なものが与えられてしまっているので、留学中に出来るだけ 多くのアメリカを吸収してしまおう、という意欲が見えません。僕に してみれば苦労の場がないだけ、本人たちを強くする機会が損失 されているとしか思えないですね。

世界中どこの国へ行ってもモノを大切にします。気前良く他人に あげることもしません。それをやるのはニワカに小金持ちになっ た人たちの「大尽ぶり」なのです。要は何かを勘違いしているの です。台湾もニワカ成金なので、日本と同じです。全てを金銭価 値で判断するし、学歴ブランド主義もとても激しいものです。今の 台湾ではアメリカ留学で四大をでたって何の価値もありません。 留学をしたといって認められるのは最低でも修士号なのです。僕 は自分で会社をやっていますが、肩書き大嫌い男だから名刺で は平です。それを台湾の人たちに渡すと余りありがたがられませ ん。こちらの日本人駐在員から名刺をくれといわれてそこに肩書 きがないので、肩書きなしの僕の名刺をみて急に尊大になる人 もいます。ところがアメリカ人は肩書きよりも人物そのものを評価 してくれるのでありがたいです。モノも同じなんです。「まだ使える」 という内容をしっかりと評価します。だから使用に耐えるものなら ば何でも評価するのです。日本では必ず棄てるクッキーの缶まで に値段がついて売られる国なのですが、北アメリカ、中央アメリカ、 そして南アメリカの国々をみていてもこれが普通ですね。無駄が 金持ちの証明といわんがばかりに無駄を出し続けるのは極めて アジア的なものだと思います。

僕は中南米の先住民族部落訪問をやるのですが、日本人がゴミ として棄てる物品の全てが向こうでは新品同様として売ることが できるほどです。どこの国を訪れてもモノを大切にしています。ま だ使える商品なのにすぐに新しい商品に買い換えてしまう日本 人には、「自分」というものが無いのではありませんか? テレビ などで繰り返し宣伝をされた結果、その商品を買わなければな らないんだ、という風に簡単に洗脳やマインドコントロ−ルをされ てしまっているのでしょう。日本人の生活様式は広告文化ですね。

東京の生活などは、誰もが都会センスを楽しんでいるふりをして いますが、食文化を含めてあれは虚構の文化だと思っています。 自分というものをしっかりと持っていなくても、お金の威力を発揮 続けることができる限り、自分の存在感を着飾り続けることがで きるのです。そのステータスを保つ上でも、古いモノは潔く棄てて、 新しいもので他人に認めてもらうのでしょう。

僕が親しくさせてもらっている家族にBrowning家があります。ブ ラウニングと読むのですが、日本ではブローニングで知られてい ます。自動ライフルを開発した会社で、ジョンウエインの映画で はウインチェスターと並んで知られていた名前です。僕も60年 代からこのライフルについては知っておりました。Browning家は 質素です。お父さんが運転する車は古い78年型のBMWで、シ ョッチュウ故障をしています。その代わりVacationをトル時は、 イタリアの古城をサーバント付で一夏借りきります。

先日、Charles Schwabのオーナーの一人夫婦と夕食をしました。彼はPrivate ジェットを持っていますが、藤寿司で、米粒ひとつ残さず綺麗に 食べてをしました。彼はPrivateジェットを持っていますが、藤寿 司で、米粒ひとつ残さず綺麗に食べておりました。Patagoniaの 社主イボンヌ・シュイナードはボディーは錆びてタイヤはビードが みえている古いポンコツ・トヨタを運転しています。

僕が親しくさせてもらっているジョージドレーク博士は、ベリン グハムに広大な敷地の屋敷に住んでいます。隣接する丘の5エー カーを彫刻の森公園にして市に寄付しました。彼は元Western Washington State University社会学部部長。お金がないわけで はありませんが、彼がショッピングする店は、Value Villageと Good Willのみです。両店とも寄付された不要品を安く販売して、 施設などの運営資金をつくる目的のもの。僕もよくそこで買い物 をしますが、彼が着ているシャツや靴までもがそこで1ドルとか 2ドルで売られているものです。しかし、彼が乗る自転車はチタ ン合金の3000ドルもするものです。彼は僕の自転車仲間です。

結局のところ、自分を持っていない人たちは評価高いモノに囲ま れていないと不安になる、、そんな脅迫観念に襲われてしまい、 次のモノを買わなければならないと思いつめてしまうのでしょう。 しかし、モノ以外に自分を主張することができる人は、中身で勝負 しているわけだからモノは不要なのです。節約する人ばかりではな いでのすが、僕の交友関係をみていると古くて不便なものでも、 新しいものに買い換えずに、それらを大切につかう人の方が多いで すね。

おのざわショージ
090201

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