ボスは迷文家シリーズ

英語後進国からの脱出
グローバル化していく世界の中で取り残されないために


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2000年2月5日付の読売新聞に「英語力、アジア最下位脱出」という記事があった。英語を母国語としない人の英語力を測る国際的なテストTOEFLで、日本人受験者の平均得点が501点となり、初めて500点を上回ったそうだ。結構なことである。しかしこのニュースを英語力の向上という面だけから捉えてはならない。語学とは、あくまでも意志や情報伝達の為の道具でしかない。この点の認識が低いまま受験を前程とした英語教育だけを施した結果が、今日の日本人の英語力のレベルなのである。その点の改善なくして日本人の英語力が向上するとは思えない。

言葉というものを考えた時、表現をしたいという意志と表現力そのものがあれば、暗記単語の語彙と押付け文法の日本的英語力だけをもって言葉を発することは可能だ。読み言葉、聞き言葉はなんとなく理解できるのだが、喋ることができないという人がいるが、こういう人たちの中には、たとえ日本語でも、きちんと自分自身を表現することができない人が多い。言葉の意味を的確に解釈していたり、語彙が豊富で言葉の選択がきちんと出来ていたら起こらないであろう間違いも頻繁ににおかす。

日本語と同様に、英語も間違いだらけで話したら良いのだ。繰返して間違いを続けていくうちに正しい英語をおぼえていく。だからこそ間違ってもいいんだよという教育が必要だ。言葉を口からださない限り、会話や交流はできないのである。「間違ってはいけない」という環境で育った人たちは、発言をしなくてはならない場でも寡黙になりがち。「間違ったら恥かしい」というプレッシャーによって言葉が出てこない人が多くいる。これは中学生の頃からの歪んだ英語による受験教育の結果によるもの。間違えは駄目なことという学校教育(受験勉強)のトラウマを引きずっているからだ。

英語がきちんと話せないという理由には、トラウマ以外にも対人関係の不馴れがある。これは表現をしようとする能動性以前の問題である。日本の村社会では、年下の者、経験の浅い者、女子供たちが意見を述べてはならないという見えない力が存在していて、現代の社会でもそれを受けついでいる。年長の人の意見が正しいとされている。たとえば朝日新聞だからその意見には権威があると盲目的に信じられているのだ。こうした社会秩序は意見を出す立場の人間と、そうでない立場の人間とを二分極化する。従って、意見を述べない立場の人たちは言葉が何であろうと発言をすることが苦手であるといえる。ましてや英語となると何をか云わんやである。

憲法により表現の自由が保障されている以上、誰にも他人がもつ表現の権利を奪うことはできないのだが、新参者、弱者、未経験者たちには発言の資格さえないような態度をとる人が多い。そういう人たちが日本の知識階級にも多いことが驚きだ。立場の弱い者たちがが間違ったことを言うと弱いもの苛めの潰しが入ることが多い。これは極めて日本的な陰湿さである。この繰り返しがあると、出る杭は打たれるので、その内に誰も意見を述べなくなる。だから意見を述べる練習の機会も減り、意見を述べることが不馴れとなってしまうのだ。悪循環である。日本語で意見を述べる訓練をされていない人は、いくら英語の理解度が高かったとしても、英語による発言も同様にできないのである。この点が国際会議で意見を述べることのできる日本人が少ないことの一因となっている。

今は亡き私の母は、アメリカへ来ると、アメリカ人に向かって積極的に日本語で会話をした。母の心のうちには表現をしたいという能動性があった。レストランではコップを指で差し、「お水をください」と日本語で言うし、ご近所のお爺さんには頭を深々と下げて、「いつも息子がお世話になっています」とこれも日本語で言うのだ。英語ができないからといって黙りこんだりはしなかった。私はここに言葉の原点がある気がしてならなかった。間違ったらどうしようと恐れて緊張した表情でいるよりも、能動的に意志の伝達を図ったほうがよいのだ。私は、黙りこくっている日本人がいる時、そこにいるアメリカ人から、何か失礼なことを言って怒らせてしまったのであろうかと、そっと私の意見を求められることが過去に何度かあった。アメリカはリップ・サービスの国。リップサービスが多ければ多いほどフレンドリーの証拠という人間関係の確認の仕方がある。言葉が少ない上に、リップサービスが苦手な日本人は、これで損をしてしまう。文化の違いとはその善し悪しはなく、その中の処世にある。

英語力があったからこそ日本も高度成長をしたのだという主張があるかもしれないが、そもそも日本の経済は朝鮮動乱に点火された低賃金経済であった。安かろう悪かろうで商品を輸出し続けてゆくうちに付加価値をつけていったのであるが、70年代初頭のドルショックまでは1ドルが360円で、何を造っても売る努力せずして国際競争力があったのである。80年までは雑貨製品までが国際競争力を持っていたのだ。高度な英語力はそれほど求められていなかった。日本の輸出攻勢にアメリカ経済は大打撃を受けて、ニクソン大統領は繊維製品に規制をかけた。鉄鋼業界、家電、そしてデトロイトまでが失業者を出したのである。この期に日本は高度成長期に入っていった。ところが現在の日本は情況が異なる。過去には大樹や親方日の丸を背にしてMade In Japanを輸出している限り商売ができたものが、これからは日本人の資質が変わっていかないとビジネスへの参加は難しい。その資質にデジタルへの対応力と英語力が含まれている。輸出品の生産拠点が、日本から低賃金の国々へ輸出品の生産拠点が移ってしまったのである。これからは、個人のクリエイティビティーもさることながら、グローバル社会に参加している先見者たちとのコミュニケートができなくては商売ができない。英語力が今のままで良いわけがない。

小野沢昭志
2000年2月6日
World Inside News掲載記事
http://www.digitalx.ne.jp/win/vol18/index.html

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