ボスは迷文家シリーズ

狭間に生きる人々に故郷日本を!
故郷が許されない在日韓国人たちの不安


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戦争責任の中で日本政府が怠ってきた事のひとつに、強制連行した朝鮮半島の人々の ステータスを韓国人のままというのががある。日本が戦争責任を感じるならば、 彼らの日本帰化を許すべきである。小泉首相が知覧の特攻隊博物館 で涙するのもよいが、来年の終戦記念日を強制連行された人々に日本帰化 を許した日としたらどうだろうか。それによって初めて戦争が終る人々もいるのだ。 今の日本は彼らが何故日本に住んでいるのかの理由を忘れすぎているのではないか。

昨夜、菊寿司のカウンターで在米の在日韓国人(変な言葉だなあ)女性と隣り合わせた。 在日韓国人とは、日本に住む韓国人ということで、韓国系日本人ではない。だ から彼らのステータスを言う場合には在日という以外に表現のしようがないの だろうか。

実は、僕には在日という言葉を好きになることができない。彼らが自らこの言葉を使 うのだから差別語ではないのだろうが、僕は在日という言葉を耳にして差別感を読ま ざるを得ないのである。 昨年、「小野澤さん、実は僕は在日なんです」とある青年から告白されたことがあった。 まるで、在日というステータスは隠さなければならないものであるかのような印象を受けた。 だからどうした?と応えたものの、若い彼が隠しごとを明るみにだすかのように告白しなけれ ばならない彼等の立場が今の日本にあることだけは確かなのだ。 いずれにしても僕はこの言葉が嫌いなので、これからは日在韓国人とでもするかな。

日本国籍が当然と信じて疑わない我々には思いもよらない卑屈感が彼らの心の中 にある。最近の世代に至っては、日本を出生と生活の地としながらも、日本政府から は国籍が与えられる事がない。便宜上、韓国パスポートだが、韓国はもはや彼らの 故郷ではない。彼等は韓国でも差別されるのである。そんなステータスで日本に住む不安感。 韓国籍でありながら、韓国に戻ってさえ韓国人からは認められない彼等の気持ちを我々が 理解できるわけがないが、日本が彼らにたいして真の意味での責任を感じるならば、彼等に 日本という故郷を与えるべきではないか。彼等には行き場がないのである。

日本政府の無責任さはさることながら、韓国政府もひどいなんてもんではない。 10年ほど前に、"在日"韓国人留学生がシアトルで行方不明になったことがあった。 日本国籍ではないということで、日本領事館のお役所コチコチアタマの仕事は捜索をしなかった。 韓国政府はもっとひどかった。彼が韓国のパスポート所持者であるにもかかわらず、 彼を在日と差別して捜索をしなかったのだ。彼の捜査にあたったのはアメリカ人の税金で動く アメリカの当局だけであった。

韓国側の言い分は、在日といえばもはや日本人、日本政府に責任がある筈だ、というもの。 感情的に彼等の言い分は理解できる。しかし厳密にいえばパスポート発行国に責任がある。 韓国総領事館は韓国語を話すことができない韓国人を差別するというから話にならない。 共同体意識が強いから、一度出た人たちを韓国の仲間としてみとめないのだろう。それは 僕の友人も言っていた。十万人からの朝鮮戦争孤児たちに里親を与えたGI達の記念碑つくり に韓国領事館や在日韓国人教会は、孤児たちは今はアメリカ人だからという変な理由で 記念碑つくりには協力できないと断り続けるだけ。

日本政府は、”日在”韓国人らに責任をとって、日本へ強制連行した朝鮮半島の人々と彼らの子孫の 中に日本への帰化を望むものがいれば国籍を与えるべきである。それで戦争責任を果たした事には ならないが、強制連行を反省する気持ちがあるのなら、そうすべきなのだ。僕はこの分野での知識は 皆無に等しいのでなんともいえないが、日本政府は何か手を施しているのだろうか? 日韓の狭間に生きていて、国をもたない人たちが21世紀の今われわれの周りで生活をして いるのだ。その原因を作った日本人が最低できることは、彼等に故郷を与えることである。

小野沢昭志
2001年11月12日

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