ボスは迷文家シリーズ

ガイジン寿司
ジェフの楽しいノリ


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ガイジンという言葉を日本在住の非日本人は軽蔑している。ことあるごとにガイジン・ガイジンという 日本人に閉口しているだ。日本人にとってガイジンという言葉は別に排他性を意味していないが、その 言葉には隔離や疎外があることを日本人は知っていない。別に悪気はないのだが、、、。日本人同士でも 最終学校や勤め先などの名称をつかって他の人たちとの隔離をしめす。例えば「あの人はドコソコ大学 をでて、今ではソコドコ会社の何々部長をやっている」。こんな具合だ。全く同じことなのだ。日本の 精神構造では、個よりも学歴職例が重要なので当然そうなるのである。 ガイジンという言葉も彼等の所属先を あらわしているに過ぎない。しかし、そんな排他性がない人たちにとっては極めて異様なもので, それは差別に等しいものといえる。ちなみに、僕のことをこちらで日本人とか言って彼等とは別種である、 と表現する人と出会ったことがない。オーストラリアの友人の口からも僕のことを日本人と呼ばれた ことがない。日本人にとって、ガイジンとは単に白人をさす言葉なのであろう。なぜならば、 シアトルの日本村にどっぷりの人たちと寿司屋でとなりあわせると、この人たちの多くがアメリカ人の ことをガイジンと呼ぶからである。厳密にいえば、アメリカに住む日本人こそがガイジンの筈なのだが。 まあ、日本に住むそんなガイジンたちはけっこう日本人コケオロシ書き物や 歌をつくって本人たちだけで笑いあっている。そうでもしないと腹がたつばかりだろう。

俺たちはガイジンだから、といって楽しんでいる友人がいる。ジェフは寿司ブラザースを結成し、 ガイジン寿司をつくって喜んでいる。、彼等を 無邪気にガイジンガイジンとよぶ日本人は可愛いもんだ、と思っているのだ。

                                    最近のジェフ              

ジェフは楽しい男。1980年代にガイジン寿司をはじめた。仲間のケンがSierraNevadaというマイクロ ビール会社(今はマイクロとはいえない規模に成長している)のオーナーであることを良いことに、 そこのパブでガイジン寿司の夜を始めたのだ。もう一人の男トムと三人でSushiBrothersを結成。 外人寿司というTeeシャツも作った。この字を書いたのが僕で、僕はSushiBrothers の名誉Brotherである。

                            Teeシャツの外人寿司は僕の書体              

毎月第三水曜日が寿司ナイトなので、ノーキャル(No Cal = Northern California ソーキャルとは南カリフォルニア)で時間がある人はChicoのシエラ・ネヴァダビール工場(Sierra Nevada Brewing Company)にいくといい。ここではライブのジャズやブルーズもやっているので けっこう楽しめる。僕は過去に何人の取材出張者たちをここに連れていったかわからない。誰もが 喜んで帰る。宿泊はジェフの家。アメリカ人の家になんぞ泊まる機会のない連中ばかりだから 大喜びなのだ。あんまり喜びすぎて家の中でデングリ返しをしたり、熱いコーヒーの中に指をつっ こんでどうだ凄いだろう、君もやってごらんといってパーティーにきていた女性の指を熱いコーヒー につっこもうとした輩もいた。このパーティーのあと、僕のところにジェフからFAXが送られた。 No More Yamamoto というFAX。山本とはこのでんぐり返しカメラマンの名前である。ジェフはこの FAXの見出しをNo More YamamotoとしてNo More真珠湾をひっかけたのだ。悪意はマッタクない。

ジェフは、マウンテンバイク・パイオニアーのひとり。マウンテンゴートという今はなき初期 マウンテンバイクの主宰者である。マウンテンバイクが企業化して、全てがビジネススーツに なっていく過程で、ジェフは草の根の頃のまんまのスタンスを保っていた。損得計算が得意な人 たちがマウンテンバイクの主導権を握っていくうちに、多くの古きマウンテンバイク・リーダー たちが消えていった。ジェフもそんな中のひとりであった。

ジェフはマウンテンバイク生産を1978年にやった。誰よりも先にマウンテンバイクの量産を したといわれているジョー・ブリーズに続く二番手であった。同年、ジム・マーツもジェフと時 を同じくしてマウンテンバイクを生産したが、日本のメディアはマーケティング上手のフィッシ ャーとリッチーだけに目を奪われていたからジムの存在すら知っていない。ジムはスペシャライズド に誘われてメーカーのマウンテンバイクをてがけた。しかしクレディットは社長のマイクシンヤード にいった。結局、マウンテンバイクがフリークたちの遊びからダーク・スーツのビジネスに変貌して いくスピードについていけなかった連中が業界から離れていったのだ。ジェフはマウンテンバイクの 仕事をたたむとすぐにガラス細工用の高級工具をつくり、それを販売しはじめた。そして今はそれを 成功させている。下の写真は外人寿司職人のジェフが工具をみせているものである。元々の彼は ガラス細工のアーティスト。当時自分で開発した工具が現在のジェフの商品内容だ。

ジェフは楽しい男である。彼の得意料理(?)のひとつに、ポーク・ロイン・ア・ラ・クルーズとい うものがある。何かというと、調味料で味付けしたポークをフォイルに包んで車エンジン室のラジ エーターの上に置く、そして一時間先の場所にある山頂までいって、そこにテーブルをだして、ちょう ど良く焼けたポークロインを食すのだ。それをワインで楽しむ。彼はこんなことばかりをやっている。 外人寿司も同じノリではじめたものだ。

おのざわショージ 050802

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