ボスは迷文家シリーズ |
学部の決め方、、どう考えてもおかしいよ![]()
考えてもみてください。医学部の場合は少ないのですが、法学部が駄目なら経済、経済が駄目なら商学部、、あそこの大学なら法学部、こちらの大学なら経済を狙え、、何ですか、この学部の選び方は、、これを教育の現場の教師が指導してやっているのですから日本の教育は教育にあらず!と叫びたくなります。
日本には受験ブランドが高ければ、それだけで人格までが決まってしまうような馬鹿な社会価値観があります。それに当て嵌まらないと、「どうして?」と困惑します。人間の本質が、ブランドではなく人間そのものにあるということが分かっていない人ばかりの日本ならばこその価値観です。論理的には理解しているものの、価値基準はやはりブランドとなっているのです。一人や二人がそうなのではなく、全国的に日本は救いのない雨模様なのです。
こんなことだから、要は彼等が如何に高いブランドを得ようと真の教育の結果ではないから、"エリート"たちは日本に迫っていた不況を予測することができなかった。そして、それに対処することすら出来なかったのです。銀行が顕著にそのアホ加減を露呈しています。商社しかり、建設業しかりです。
ある知り合いが次のことを言ってました。 「バブルがはじけることを予想出来なかった」と誰もがいいます。悪事を働いた銀行の役員だけでなく、一般庶民(経済のケの字も知らない人は別ですが)や、町の本当に小さな、バブルに力を貸したとは思えない不動産業の人たちまでも、「こうなるとは誰も思わなかったのだから・・・」といいます。私はちょうどバブルがはじける前の1989年の秋に発売となった著書の中で、もう成長は終わりだということを書きましたし、こういうことにならないうちに出版して欲しいと出版社に催促していたほどです。その後、親戚の元銀行員(支店長まで勤めた人です)までもが、バブルのはじける予想はしていなかったといっていましたのであきれ返っていました。外国ではどのように見ていたかは定かではありませんが、恐らく日本人だけが本当に予見できなかったのでしょう。アホ加減もいいところです。
近頃「個性重視」なんていう言葉を耳にしますが、日本人にはこのことほど理解できない民族はいないと思います。2、3日前、ラジオを聞いていましたら(何しろヒマなものですから)身体障害者の方(この方はアメリカ留学、生活の経験がある方です。名前は聞き漏らしました)が言っていました。日本では、五体満足、日本語を話す、皆と同じ事をする(3番目はうろ覚えです)という3つのことから一つでも外れているとたちまち差別されると。人間は周囲(皆)と同じであることにしか価値を見出せないのです。この方(現在は障害者向けの商品を開発している社長さん)はさらに、会社を起こすときに皆に言われたことは、「身障者なのにそこまでやらなくてもいいじゃないか」だそうです。身障者には人権も何も与えたくない、というのが日本人です。
受験成績に基づいたブランド造りしか頭にないから、経済を読めない人ばかりが増えたのではないでしょうか。そんな価値観を推進している中学高校の教育者たちが、何人がどこそこの医学部に合格した!東大に何人進んだ!とかの成果を出すために必死になっています。何でこれが教育なんでしょうね。これではブランド・ゴールごとのネズミ・レースと何の違いもありません。そんなレースの適当なところで手をうった連中が医者になっているのですよ。適当なと ころで手をうつとは、東大の法学部は駄目だから、どこそこ大の医学部、、まあ、医学 部の場合は町病院を世襲させる傾向もありますが、いずれにしても藪が出る確率も高いんです。こんなことだから医療ミスが続くのではありませんか。
インターネット革命の取材をした二年程前にそんな内容がありました。確か、インターネットがあるから、医者で診断されたら、それをすぐに調べることもできるので、医者よりも大量の知識をつめこむことができて、医者の判断による治療の仕方に質問をすることができるとか、、、、。確か、こういうことでした。 早く日本でもそういうことがあたりまえになる日がくるといいですね。
おのざわショージ