ボスは迷文家シリーズ

語学留学を相談されて


目次に戻る


息子さんの語学留学のことで何かお役にたてることがあれば何なりとどうぞ。彼から直接連絡してもらうようにしてください。既に説明したと思いますが、当地の日本人留学生は見るに耐えないほど日本人同士でかたまっています。お金の無駄、時間の無駄、そして時や機会の無駄をしていることの自覚が感じられません。僕が留学した頃は、「日本人とつきあう為にアメリカまで来たのではない!」という気持ちが強く、誰もが日本人をみると顔をそむけておりました。しかし、最近の留学生はそうでなく、日本人村でかたまっています。レストランや買い物で英語をつかって、それで英語が話せたつもりになっております。

僕は、三年半の留学後に日本に帰国した時には自然に同時通訳ができるまでになっておりました。 現在でも友人はサイクリストを中心としたアメリカ人ばかりです。今回のアマゾンはその仲間達とともにでかけたのです。添付写真の左端の女性(後から参加申し込みがあった見知らぬ人)を省いて全員僕の自転車仲間です。日本人とは寿司屋ですとか、取材関係で知り合った人、そしてこちらの出版関係の人から自宅パーティーに招かれた時にコンタクトするくらいなもので、日常はアメリカ人ばかりです。

語学留学後に英語を応用する機会があるかないか、大切なことです。高校で勉強した微分積分も実社会では応用する機会がないので、忘れてしまいますね。それと同じです。

英語の生涯勉強を続けていて多くの資格をとる人がいますが、仲には、箔つけや知識の為にやっているだけで、その応用方法を知らない人を数多く見かけます。言葉とは元々は意志伝達の為の手段であって、知識としての目的ではありません。ここいらへんを勘違いしないことです。

意志伝達さえ図ることができるのなら、それは英語であっても日本語であっても何でも良いのです。世界と接触する時、英語が国際語となっているので、英語の能力は使い勝手通いのですが、それも必要に迫られた人だけのことです。

僕は、語学留学の経験なしに英会話ができるようになった人たちと数多く出会ってきました。輸出入の仕事に携わっている人たちの多くは留学経験はないけれど、英語が達者です。日常の業務の中で英語力を伸ばしているのです。もちろん、文法的誤りは多く、語彙も豊富ではありません。しかし彼等の言葉は知識としての言葉ではなく意志伝達手段としての言葉なのでインパクトはあります。そこいらへんで語学留学だけでおぼえた英語とは実践力も異なります。

こちらの四大や大学院を卒業した連中が僕のところに職を求めてきますが、はっきりといって、彼等彼女の英語は仕事では使いモノになりません。僕の会社はアメリカの小売店との日常会話力が求められるのです。うちの会社は全米のショップからの注文を毎日電話で受けているのです。留学生を相手する国際親善的な許容をもたない人たちが取引先です。スラングを含んで、アメリカ人と同レベル近くの英語ができないと駄目なのです。

社員(元留学生)の英語が何いっているんだかわからないと客から責められたことがあるし、事務担当の元留学生女性の理解が悪くて浅いので困ると保険のセールスマンから「何とかならないか」と泣かれたこともあります。四大や大学院の卒業生でこれですから、語学留学だけでは仕事の仕の字も難しいでしょう。

それでも語学英語力を駆使して日本で就職する人も多くいますが、取引相手との会話を聞いていると、間違いだらけ(これは許せるとしても)の学生言葉的で乱雑なものが多く、僕はその場から離れたくなることがシバシバあります。

漠然と語学留学をしてみても応用する場所がなければ、結果は無駄なので、それを避ける上でも、語学留学前にインドあたりを2,3月旅行して、 ホテルではなく、安宿にとまり、安メシを食べて、底辺の人たちと接するのです。インドに行って息子さん自身の世界観や価値観を広げておくと、留学に挑む時の態度に迫力がでると思います。これによって人生観もかわるでしょう。特に、日本でお嘆きサラリーマンを続けていたのですから、その嫌な面を払拭して、精神を引き締めてから、留学することです。すると、語学留学を通じて見えてくるものが異なるはずです。

僕の高校の担任は現在南京大学の名誉教授です。南京に5年間おりました。この人は大江健三郎と芥川賞の最終選考までいった人。先週の水曜日に、小学館の古典文学編集者同伴で先生の自宅に行ってきました。彼女は大学で中国文学をやって、最初の勤め先での仕事が広辞苑の編集だったので す。 その後、古典文学編集をやりたくて小学館に移った文学女史です。ある"一流"国立大学の中国文学を主席で卒業(とは他の人から聞いた)したほどなので、中国語には通じているのでしょう。そして彼女は南京大学に留学中の大学の同期の友人を訪れたことがある。そんな南京内輪話もできるので、彼女を誘いました。そして、そこでの会話。

担任が南京大学に就任した時に、学長からは中途半端に中国語の勉強をしないで欲しいといわれたそうです。中途半端な中国語で、それを講義(仕事場)で使われても困る、というのです。これは留学生の英語が僕のところの仕事では客を怒らせてしまう原因となっていることに似ています。先生は、彼が中国語を学ぶよりも、一年生で入学してくる中国人学生たちは、日本に留学した経験がないのに、日本語が既に流暢だそうです。日本文学の講義を日本語で理解するだけの力をもった学生だけが講義受けたそうです。先生いわく、中国のトップ10大学は優秀だけでは入学できないそうで、その難関度は東大をはるかに凌いでいるとのことでした。現に、彼の中国時代の教え子の多くが東大の博士課程に難なく入院し、現在でも3人ほどいるそうです。

この困難さのため、南京大学に入学したくとも入れないでいる東大卒の学生が何人か南京にいるそうです。編集女史も中国語をある程度話すのですが、その彼女いわく、「先生、語学留学している日本人学生の中国語力って低いですね」「みんな、日本人同士で固まっていて、中国人の中に入ろうとしていない」と担任。そこで、小野沢がひとこと、「アメリカに来る語学留学生も同じ、、、英語をまったく知らない親たちは、息子や娘が相当な語学力をつけて帰ってきたと思ってしまう。まあ、それはそれでいいんだが、実践の仕事では使い物にならない、、」

"僕は留学していたことがあるので英語は得意です" 結構なことなのだが、英語を武器にして会社に就職し、憧れの海外事業部に配置され、大切なアメリカの客を迎えた時にアメリカの留学生活で慣れていた学生言葉を使う人を頻繁に見掛ける。 極端な話、 "Would you like to have a cup of coffee? "と喋るべきところを"You want some coffee?"とやってしまう。学生同士の間ではこの様にして喋ることが多いからだ。ビジネスの場でも親密度やランクが異なれば許される言葉であっても、立場が異なればいくら非英語国民といえども相手に対する印象を悪くするだけだ。上司たちにそこいら辺に注意を払う人がいないので、是正されることがない。留学生たちが気をつけなければならないことは、アメリカの生活で身につけた英語は留学生自身の環境でのみ通用する言葉だということ。日本の学生生活を振り返ると、大学の構内で友人同士で会話をしていた言葉では、会社では通用しないということが理解できる。

友人の息子さんは、三年目でマスコミ就職の頂点である電通を辞めてしまったのですが、彼はグラフィック・デザイナーの学校(ニューヨーク)に留学するそうです。参考までに、この友人は留学経験ゼロですが、日本で同時通訳をやってます。英語を学びたければ日本にいて十分できる、、の良い例です。英語力なんて自然についてきます。

まあ、こう長々と書きましたが、はっきりといって語学留学なんてしてもウン子の役にもたたないよ、、、と言いたかったでけです。好きなことをやるのに誰にも遠慮は要りません。それよりも、せっかく日本で四大をでているのですから、一年でも良いから、好きな勉強の留学をすべきです、それを通じて手段としての英語を学ぶべきです。英語の勉強を応用を通じておこなうことがベストなのです。英語の基礎が普通程度だったらコンピューターが簡単で実際的でしょう。僕のように社会学だとかの文系はかなり苦しくなります。その上、よせばいいのに、僕はアメリカ人にまざってクリエイティブ・ライティング(創作)のクラスをとって、短編小説まで書いてしまったの だから、メクラ蛇に怖じず、でした。もちろん間違いだらけ。でも、アメリカの先生は、前置詞がどうのこうのだとかの間違いを細々と問題視しないのです、それよりもそこに創りあげられる内容の評価をしてくれました。結果、Bという成績。日本でいうところの国文科のクラスをアメリカ人がBという成績としたことと同じですから、まんざらではないのですが、やはり文法間違いの多さで真っ赤になった僕のアサイメント用紙は納得のいかないBでした。


おのざわショージ拝
2001年6月12日

ご意見・ご感想



目次に戻る