ボスは迷文家シリーズ |
箱庭にみる日本の美意識
アーティストとの交信
インスパイヤ-されたくてフランスへ行ったことがあるのですが、現代美術を学ぶ
なら必ずNYへは一度は行かなければならない、と、思っています。NYはパリ
同様に街自体が美術館ですね。カフェの内装にまで趣があります。 もちろん歴
史ある建物はそのままで、 グッゲンハイム美術館に至っては、美術館そのもの
がアートですよね。私がいつも気になっていることは、東京という町の「色彩」で
す。 下町の風情は独特で良いですが、都心部は灰色一色、駅もみな同じ。 海
外に出かけると、大都会の中にも色彩があるので心が豊かになるような気持ち
にさせられます。
以上は、絵画や彫刻に専念なされている女性から頂いた手紙です。彼女が指摘 されたとおり、僕も東京くらい色彩・バランス・調和センスが欠けた町はないと思っ ています。この底浅なアメリカ文化でも、町の風景には美意識が基準におかれて います。早い話、庭の木でさえ、町の景観の一部とみなされているので、町によっ ては勝手に伐採することが許されません。
東京汐溜駅ちかくにある丹下健三の建築物、、、僕は作品としてのオモシロミと、 それを接地する周辺風景を別に考えることはできないと思っている方なので、不 快感を隠し切れずにいます。岡本太郎が万博に向けて作った太陽の搭?ですか? あれは今、数寄屋橋交差点脇にある小便臭い泰明公園の日陰に接地されてます が、あれにも調和がありません。 僕が彼だったら設置場所を指定しますね。アメリ カでもヨーロッパでも、全体図に調和させて建築をし、藝術作品を接地しますが、 それは残念なことに日本ではみられないことです。役人たちに美意識が欠如し、芸 術家たちのコダワリが少ないのか、役人相手ではそこまで主張しきれないことが現 状なのか、、日本は全体美が苦手、、いつも箱庭美だけにしか目が届いていないよ うな気がするなあ。やはり箱庭美の文化だから仕方がないのかなあ。
箱庭美のオバサンたちの美感覚、ああ、このブラウス素敵ねえと言って素敵なブラウス を買うはいいが、顔、髪型、スカートの色などとの調和を考えていない。だから極めて アンバランス。僕のお袋がそうでした。小キタネエ、普段着ママチャリでグッチのバッグ もねえだろうよ、と叫びたくなるオバサンもいます。
70年代に僕の家を建ててくれた大工さんは、壁紙や天井の張などを決めてくれといって僕に カタログを見せてくれた。僕はシンプルなオフ・ホワイトを選んだ。カタログによると それが一番安かったのだけれど、値段ではなく調和で選んだのだ。しかし、大工さんは、こち らのオタクだったら、一番高いやつがいいんじゃないか?といって柄がゴチャゴチャした ものを薦めてくれた。高い=良いという判断だ。調和ではない。良く考えると、柄が ごちゃごちゃしている程、高級品であってそれは質ではなかったと思う。単品の良さ (この場合は値段が上だから良いという考え)を調和も考えずにはめ込むというアンバランスだった。
若かった僕は、知り合い の家具屋のいいなりに"高級品"ソファーセットを買ってしまったのだが、それは何とも ゴチャゴチャデザインで趣味悪いことこの上なかった。日本の70年代のことでした。
東京の画廊や画材道具屋に入っても、展示されている絵には相応しくない額がかかって いることに気がつく。額としては素晴らしいのだろうが、中に入れる絵と調和をしていない のだ。美を扱う業種の人たちでこれだから話にならない。アメリカでは考えられないことだ。 調和の美を考えない事は、やはり箱庭的な文化の影響が強いのであろう。
小野沢昭志
2001年11月02日