ボスは迷文家シリーズ |
北海道新聞のジャーナリズム
北海道人の疑問に応える大偏見
おのざわ様
先月、北海道新聞社のHPでワールドカップが行なわれている最中「サッカー人気は本物か」と題して、 読者からの発言を求めるコーナーがありました。投稿は、新聞社宛には実名、住所等詳細が義務付けら れています。 HP上では、男性か女性か、詳しい住所は出ません。
> 私は、「テーマ自体が愚問」と投稿しました。 なぜなら、物事の真価を問うのに、まだやっている 最中こんな設問を出した人は何考えてるの?と疑ったからです。他からも、その設問自体が疑問と言う 声が多数ありました。 HP上では、全ての投稿文が掲載されましたが、 集計後、HPへの投稿文が朝刊に 載せられていはいたものの、テーマに対する否定的な投稿は全て削除されていました。また、掲載された 殆どが設問に対して肯定的なものばかり。
私は、こんなことなら最初からやらない方がいいか。「肯定的な意見だけにして下さい」とでも注意書
きしておけばいいのにと思いました。おのざわさんはどう思われますか。
毒弾大変賢
北海道新聞といえば、長野と並んで反体制的というかリベラルな視点で知られているのですよね。 そのリベラル新聞がこの程度というのが日本のリベラルの限界だと思っています。 朝日新聞も同様です。
ご意見通り、質問自体ナンセンスだと思います。 余りにも観念的すぎます。 サッカーWCはオリンピック以上、もしくはそれに匹敵するほどの熱狂ブリ。 それが現実=具体性ではありませんか.
そんな具体性に形而上学的な疑問をなげかけて抽象論を展開。 そこで言葉のオアソビをするのが日本的知識人の得意技なのです。 これは今更ということではなく、どこの新聞でも、馬鹿丸出しTVでも同じ。
メディアに勤める”報道”の殆どの人が、 良い就職先として新聞社などを選んだ"日本的エリート”でしかないですよね。 要は学歴社会の優等生でしかないということです。 アメリカのように体がそれを求めて戦場に赴くようなジャーナリストは極一部のフリー ランスの人たちだけですよね。
日本の優等生の特徴とは、 運動やアソビをせずにモクモクと受験勉強をしてきた連中ばかり。 熱狂して勉強以外のことにはまり込んでいるする連中を小馬鹿にして ワキメもふらずにヒタスラお勉強という青春をおくってきた人たちです。 行動をとったり、 勉強を忘れて馬鹿になるなんてことは人生の敗北者たちがやることと信じている。 己が信じることに真剣に立ち向かう人たちを冷ややかな目でみている。 そんな連中です。
彼等が大学を卒業して晴れの社会人になってから気がつくことがひとつあります。 人生とは勉強だけではなかったということ。 そこで彼等は色々と"ふるまう”わけです。 例えば、サッカー試合への熱狂ぶり、、 現象に反応しているだけですが、、。 しかし、彼等は心から熱狂していない自分たちを知っているから(すごい偏見だ!)、 他の人たちにもそういう連中が多いのではないかと信じているわけです。 それでなければ、サッカー人気に疑問をなげかけることもないでしょう。
本物かどうか? 彼等は抽象論が好きなんですね。 これは想像しながらセックスをすることと同じ。 要はマスターベーションをやっているのにすぎないわけです。 でも、彼等は自分たちの考え方を既に決めているから、 反対意見は困るわけです。 だから否定的なものは掲載しない。 彼等のプライドに逆らう意見なんぞは、ケシカランわけです。 抽象論を展開してばかりいて何がジャーナリズムなんですかね? 現実には、日本という国全体がサッカーに熱狂したわけですよね。 その現実を分析する方がジャーナリズムの目的にかなっていると思うんですが。
TV討論会なんぞも、抽象論が多いですね。 それよりも現実にどうやって問題を解決すべきか、、 それも現実の体制内で出来ることから語り合わなければならないのに、 理想論ばかりをブツから、討論会自体が何も産み出さない。 理想論者が多い国ですね。 キレイゴトばかりを言っていれば、 その本人は自分の思想が正当化されると勘違いしていて、解決の為の具体策が置き去りにされている。 キレイゴトをいっていれば自分が素晴らしい意見の持ち主であるという主張が出来るわけ。 すると当然のように抽象論だけが乱れ咲くわけです。
おのざわショージ
2002年07月01日