ボスは迷文家シリーズ |
法が差別を撤回しているアメリカ、法が差別を許している日本国
車ですれちがいざま、「Hey, JAP!」といきなりやられてショックを受けた 日本人女性がいます。ニュージャージーでのできごとでしたが、彼女は 動揺がおさまるまでの間、車を一旦停止して待っていたそうです。これ は偏見に基いた嫌がらせで悪意がこめられたものでした。日本にいる 白人は頻度多く、日本人から色々と言われています。何かといえば 「ガイジン」という言葉が出ますが、それを気にしないように振舞う「ガイ ジン」もいますが、多くはイイカゲン嫌になっています。でも「ガイジン」と いう言葉には敵意が含まれておりません。日本語を理解しないと思って いて、そばにいる彼等を酷く言う連中はかなりの数います。田舎へ行けば 行くほど人の好さに出会うと同時に、粗野な人とも多く出会います。異人 種がいれば偏見に基いた問題があると思って間違いありません。アメリカ、 日本、ヨーロッパ、それは場所を選びません。偏見は、相互理解や知識 教養を高めることによってなくす以外に解決方法はありませんが、差別は 法が撤回しなければならないもの。アメリカでは法が少数民族を守っており、 それは米国国民であろうと外国人であろうとその差はありませんが、 日本では法が少数民族や外国人を法が差別しています。
岡山の電車の中で、「ガイジンのペニスってデカイんだろ?」としつこく迫った 中年男がいたと友人(アメリカ人)から話されたことがあります。僕の友人の 金髪の女の子は1974年に僕を訪ねて東京へきてくれたのですが、丸の内 線の中でいっしょに乗っていて、席に座っていた中年男から脚から上まで 何度も何度も舐めるようにして眺められて、そばにいた僕が嫌な思いをして、 手にもっていた雑誌でその男の横面をひっぱたいたことがありました。
アメリカは人種のルツボといわれているだけあって、この国には様々な人種が 住んでいます。当然、人種間の問題も深刻な問題です。有色人種差別が法的 に禁止されたのは1960年代の半ばでした。差別と偏見はこの国における深刻 な問題のひとつなのです。しかし、その認識があるからこそ、この国は過剰では ないかと思われるくらい少数民族を守る法が出来上がっております。
最近リリースされた「小説家をさがせ」というショーンコネリーの映画も、ブロンクス という低所得社会に住む黒人だから、頭が良い筈はない、という偏見の中で才能 を示す黒人少年の心模様を描いた作品があります。僕は、このストーリーの最初 半分を映画、そして残り半分を本で読みました。アメリカ特有の社会背景を題材に した作品です。
アメリカと人種問題は切り離して考える事はできません。それだからこそ法も少数派 を守るものとなっています。日本にも差別や偏見が存在しているのですが、日本人 の多くはアメリカの人種問題には気がついても日本にも同じような問題があることに 対する意識が低いように見受けられます。
日本の場合、同和、アイヌ、 "在日"韓国人(僕には在日という言葉が差別を含んで いる気がしてなりません)、そして中国系の人たち。彼等への偏見が強い日本人は まだまだ多くいるし、娘が韓国人と結婚となれば、猛反対する親もいるでしょう。これは 韓国でもそうです。黒人と結婚でもしようならば韓国人の娘は村八分までされるそうで す。偏見はともかくとして、日本では少数民族が法の下でさえも差別を受けているので す。外国人というだけで国立大学の入試すら受ける事ができないのです。
僕が住むシアトルは、スカンジナビア半島から渡ってきた白人が多数を占めてます。 東部のようにWASP(ホワイト、アングロ サクソン、プロテスタント)ではありません。 この土地は、もともと人種的に寛容な町で、少数民族の黒人が市長に選ばれたこと もあったし、今のワシントン州知事は中国系です。偏見が強かったらありえない選出 です。
偏見は人々の心の問題です。同人種の間にも発生します。これは個人個人の寛容が 求められるところですが、差別は法が撤回しなければなりません。それが日本では 徹底されていないような気がします。しかし、アメリカではそれがきちんと徹底されてい るのです。
おのざわショージ 07/18/01