ボスは迷文家シリーズ

日米思考比較 アメリカ人と日本人の意識の違い


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1.誰かがちょこっと間違った道順を教えたとしよう。20分迷ったあげくたどり着いて、、、

日本人
いやあ、大変だった、あちこち行ったり来たりして全然わからなかった。20分は迷っていたかなあ。 XXXの方まで行ってしまったよ。それにしても分かりにくい説明だったなあ、、、

アメリカ人
ちょっと迷ったけれど、だいたいの説明で大よその場所がわかったので、後は住所番号を追うだけですぐにわかった。中々わかりやすい道順だった。

日本人の反応には「お前の説明が悪かった」と間接的に説明者を責めているものがあるのですが、アメリカ人に言わせれば「馬鹿か、自分の判断はなかったのか?」ということになります。アメリカ人にしてみれば、どんなに相手を責めることができようが、負けは負けなのでそんな頼り無い道順にもメゲズに自分には時間のロスをすることもなく場所を探しだすことができた、ことに自分の力を喜びます。


2.外に出たら雨が降り出した

日本人
あれ! 雨が降ってきたの?

アメリカ人
あっ! 雨が降り出してしまった。

日本人は雨が降ってきたことを知りながらも、「降って来たの?」との質問形式をとって、相手が「そうですね」と同意する気持ちを求める。これはとても奇妙な儀式です。やはりグループ社会だからのことなのでしょうか。アメリカ人の反応は独り言に近いもので、連れ添いの人の確認を求めません。


3. 天気予報

日本のテレビ
午後から冷え込みますのでセーターなどを持ってお出かけください

アメリカのテレビ
午後には気温がさがります

日本のテレビ慣れしている人は、予報に反して午後から暑くなると、天気予報が間違っていたことをこぼし、セーターが邪魔なことを荷物に感じます。アメリカは個人が勝手にどうすべきか判断をします。日本のテレビは日本人の依存心の高さを表しています。冒頭の道順の件と同様に、自分の判断をすることが苦手な人間を増やす原因のひとつをつくっています。最近おきた明石花火見物人の事故は、テレビや主催者が「危険」を警報していなかったから、という依存心に被害者側の原因があったのではないでしょうか。


4.サングラス

日本のチュー年オトーサンたち
あんたがサングラスかけたらヤクザみたい、、、

アメリカ人
それいいね、どこで買ったの?

サングラス=ヤクザという画一的なステレオタイプな見方です。日本人の得意技。白人はよいが黒人は悪いとする意識も日本人の心に蔓延したステレオタイプ。日本人との会話の中にはこんなステレオタイプが頻繁にでてきます。やはり世界観の狭さ=井の中の蛙なんでしょう。


5. バイクライドをやらない人

日本人
そんな時間ないよ

アメリカ人
僕もはじめることにする

精神主義が強い割には、日本人の心に体力強化の為に時間を「作る」という精神主義が見られませんね。どちらかというと、精神主義は消極性に向けた忍耐力にのみ働いているようで、積極性向けられることが少ないようです。同じ精神性の強さなのですが、それが積極性に振り向けられた時のマインドのあり方と消極的な忍耐に振り向けられた時のマインド状態は異なるのです。忍耐に強いだけ精神主義を積極性に対しても向けて欲しいものですが、現実にははどのように応用したら良いものか分からないのかもしれません。


6. 自転車で転んで怪我をして

日本人
危ないからもうやめておいた方がいい

アメリカ人
自分の実力はまだまだだ、と反省する

転んで怪我をした為に、次には同じ誤りを繰り返さないであろうというのがアメリカ人の態度。しかし、日本人は、アツモノに懲りてナマスをふく、の例えどおりになるのです。転んだら痛いし致命傷を負うかもしれません。それを第三者の自分達の実力を基準にして他の人にあてはめようとします。例えば、「アマゾン探検は危ないから止めなさい」とオバーチャンが言ったとしましょう。これはオバーチャンという人格が発する意見でしかなく、それを若者に当て嵌めることはできないのです。しかし、誰もが親切で思いやりのある賢者のアドバイスとして受け止めます。オバーチャンの人格は彼女の価値観を代表しています。彼女の歴史、人生観、価値観、知的好奇心の程度、そして体力の限界がそう言わせていることなのです。これをどうして、好奇心ミナギルる若者に当て嵌めて許されるのでしょうか。オバーチャンのアドバイスは無視しても許されるのですが、これが学校や社会ですとそうもいきません。日本の可能性はこのようにして芽をつまれてきました。

転ぶことを恐れない人間でないと限界を破ることはできません。自分の限界のことですが、今の日本の若者たちは最初から小箱(限界)に入れられたノミのようなもの。ノミを小さな箱に入れておくと天井にアタマをぶつけてしまい、痛さを学習すると天井の高さを跳ばなくなります。同様にして、日本の若者達は跳ばないように学習(飼い慣ら)させられてきました。高く跳べなくなったノミは箱から出された後も高く飛ぶことができなくなります。


7.リストラにあって

日本人
会社に裏切られた

アメリカ人
次にはもっと良い会社をさがす

これも依存心の問題です。会社に依存しすぎた為に会社を恨みます。そうでなく自分の実力が光っていれば、他所の会社で実力をみせることができる良いチャンスだと思って自分と他社に高く売り込みにいくのがアメリカ人。アメリカ人は会社には会社の事情があるのだということを合理的に理解しています。会社の正義と個人の正義の違いの上に契約が成立します。契約精神は個人の強さでもあるのです。契約精神があるからこそ、学歴ブランドではなく実力内容を充実させるのです。それをもってはじめて自分を高く売り込むことができるからです。実力主義的な契約精神をもたない日本人は、会社と個人の関係は共産主義的な完全補償であるべきだと変な錯覚しております。


8.自転車でドンケツだったら

日本人
来年は頑張ろう

アメリカ人
よく頑張った、君はここに参加しなかった人たちの先頭をきって走っていたんだ

「来年こそは、、」という言葉を周りの人が言うことが多いです。本人がそう思うことは良いのですが、周りの人がこれを言うのは「結果は悪かった」という現在の再確認で成果の否定であります。アメリカ人はどんな否定的な状況の中にでも一点でもの灯りを求めて、その灯りを大きくすることを考えます。

アメリカ人と接する機会が多いだけではここに説明した意識を知ることができないでしょう。ある程度の部分まででも良いから生活や行動をともにしないと知りえることはできません。そんな人も多くいる筈ですから、この日米の思考方法の違いをよく理解してもらえることでしょう。アメリカ人の思考に一貫していることは、何をもプラスに前向きに見る姿勢です。自分に非がなくて相手に非があることをどれほど主張しても、結果として損害を被るのは自分なのです。やはり最終決断は依存に頼るのではなく、自分で判断しなければならないのです。

おのざわショージ
08/23/01

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