ボスは迷文家シリーズ

自由討論
感情か客観か、感情には限界あり


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最近のテロ攻撃に関する意見に触れていて気がついたことは、 お茶のヒョーロン家たちの意見の殆どが感情的なものばかりだったといった点。 主張というよりも、自分の感情を表現しているといったものばかり が目立ちます。論理的説得力に欠けているのですが、仲間内で同意者 求めをやっている限り発言者も聞き手も感情を共有して大満足。 しかし中には論理のスリカエや飛躍をみやぶって、その点をつく僕のような人間もいるので、 彼等はすぐに激昂して個人攻撃にかかります。主張する内容の論理性よりも、そこに流れている 感情が討論を支配するのです。すると自由討論が不可能となることが目にみえております。 感情論者たちの限界がここにあります。

対してアメリカでは感情ではなく理性を伝えます。ですから論旨がしっかりと し、スリカエや飛躍そして断定も許しません。冷静な思考が論理的に表現 されるので自由討論を可能にします。自由討論とは冷静にならないと限界があるのです。

小野沢昭志
2001年11月18日

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