ボスは迷文家シリーズ |
家庭における社会性教育
善くも悪くも子の生き方は家庭での躾の反映である
ファミリーバリュとは何だろうか、家族が生活をしてゆく上での価値観をさし、それは社会性や宗教の 信条までをも含むもの。アメリカで多発した校内暴力の大きな原因として、ファミリーバリューの欠落 や崩壊が指摘された。きちんとした価値観を親が子に伝えてないことが、校内暴力の原因のコアーに あるというアメリカ人の反省だ。アメリカでは、多くの子供たちが、アルバイト小遣いかせぎのベイビー シッターやテレビによって育てられているのが現状。これを家族価値観の崩壊という。親から子へ価値観 が伝えられていないのだ。家族価値観さえしっかりとしていれば、善悪の判断をつけることができる。 それがないから、社会にでて子供たちは判断を誤るのだという。暴力的な音楽や映画にしてもそうだ。 彼等は自分なりの判断を下す。それが凶とでるか吉とでるか、子供たちに価値観が教えられていれば、 彼等の判断で音楽が伝える内容を拒絶するのである。
親が子に伝えなければなければならないことの一つに、善悪判断をする上での価値観があるが、子教育とは 子が脱親をして社会に適応する上での社会性を徹底することでもある。急ぐものではないが、無視して良 いものでもない。
登校拒否という問題があるが、原因には苛めや学級崩壊があげられる。苛める子が悪いのではあるが、 苛められる側も自己防衛する力を備えたい。苛められない子を育てることだ。僕は、そのひとつに 社会性の強さをあげる。社会性が強ければ苛めを受ける可能性も低いという見方をとる。苛められる子の 特徴として、社会性の低さも考えられるのではなかろうか。猫は強い犬を苛めない。弱いネズミを 弄ぶのだ。当家の犬は猫をいじめない。犬に参加してくる猫に社会性があるからだ。そうでなく 猫がオドオドしてすぐに逃げる(子でいうならすぐに家にひきこもる)ようだと、犬は猫を追う。 子の場合も同様であろう。堂々と参加することなくオドオドしていると、他の子供たちの中には 苛めを始める子もでてくるだろう。それが深刻になると苛められる子の登校拒否が始まるかもしれない。
だから、家庭では倫理観や論理などの他に社会性をきいちんと教えるべきだ。それをやらずに子を ペット化して可愛ことが多いから、子がある程度成長した時に、その社会性のなさから、 人間関係などが上手くいかずに暴力や登校拒否そして学級崩壊の問題をおこすことがあるのだと思う。 僕が、学級崩壊問題が社会ルールを無視して自分勝手を許している家庭に大きな問題があると思う理由が ここにある。わがままや自分勝手を許すことが子を可愛がることであると誤解や錯覚をしてはならないのだ。 ルールを守ることを家庭で徹底せずに、どうして社会に出てからもルールを守ることができるのだろうか。
一日24時間、一年365日が10年、そして20年たてば、子の成長経験には大きな個人差がでる。 全ての子が同様なパターンを描くことにはならないので、問題を起こす子は限られるであろう。 しかし、幼児のうちに社会適応に問題があるという症候がでたら、家庭での社会性教育がどうなっているか、 それを親が省みても良いと思う。それは親が常に傍にいてあげることではない。親が傍にいなくとも きちんとした活動をできる子に育てることである。そんな意味でも、子が親にアソビ相手を求める時の 何回かに一回の割りでは、"親”のプライベートな時間を理由に、自分で友達を誘って遊んだりすることも 薦めるべきだ。親のプライバシーを尊重させることが社会性の第一歩でもあるからだ。親がプライバシーを 保つことは子を放任することにはならない。
おのざわショージ
2002年07月12日