ボスは迷文家シリーズ

異なった見方を可能にする為には先ず旅をすること
Different Perspectiveを持っているかで判断力の狭広が決まる


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数学でも科学でも、どんな世界でも、異なった思考をすることが出来る人だけが、新しい答えを見つけ だすことができるのです。型に嵌められた考え方にとらわれていたのでは、かなり柔軟な思考を もっていない限り、それは難しいでしょう。もっとも柔軟であるということは型に嵌まっていないという 反対事実なんですが、、、。我々が天才だったなら、頭も柔軟でしょうから、そのままでもいいんでしょうが、 みんながみんな天才ではないわけだから、何かの方法をとって柔軟な考え方や別の見方ができるようになった 方がいいわけです。それにはやはり旅でしょう。一番良い方法は、現地の文化や生活に密着した旅です。 高級ホテルに泊まりVISAやAMEXで支払いができるレストランの旅はそれはそれで良いのですが、 世界観を広めるにはちょっと弱いです。それでは、いくら旅をしたとはいっても ディズニーランドでみる観覧電車の旅でしかありません。そうではなく、現地の人がとまる安ホテルやビジネスホテルに 泊り、現地のメシ屋で食事をする旅がおススメです。この旅をした時、その人の世界観はかわります。僕にはいつも そういう旅の方が多かったです。

型に嵌められた考え方は、型に嵌めようとする環境によってつくられます。 身の回りの人々の生き方と思考がそれ。彼等彼女らたちは、我々にも同じ考え方になるように圧力を かけてきます。よって我々の思考は型にハメラレテしまいます。仲間たちにも自分たちと同じであって欲しい という一色化。同じ思考、同じユニフォーム、何でも同じ。個人よりも、同じ事である方が重要なのですね。 正に日本的村社会。村社会は、飛び出る釘や杭の頭を打ちます。自分が前に進むことができないから、 親しい人にも進んで欲しくない、、。取り残されたくない。だからみんなも一緒に保守的になっていて欲 しい。極論ではありますが、そんな思想が根底にあって成り立つものなのです。 これでは自然死の運命としかいえません。日本的運命共同体がそこに感じらてならないのですが、、。 そんな社会からは、新しいものは生まれ難いし、前にも進みにくい。型を気にしてそこに己を嵌めること は前え進むことへの拒絶でしかないということができます。

日本の村社会や組織社会に蔓延している仲間意識とは、型嵌め思考によって結束しているといえるでしょう。 これは、低賃金と勤労によって成り立っていた頃の日本経済で有効に働いた日本的特性でありました。 80年代に入って、日本経済の更なる発達は、欧米による日本ミクビリよって支えられていました。 高度成長期に身につけた技術力と知識。勤勉で平均頭脳の高い日本の力は、欧米が開発した製品を真似て、 それらよりも高品質な製品を開発するまでとなったからです。当時は欧米が開発して日本が改良品を出す、 と言われておりました。 そして90年に入りバブルが崩壊した時、工業製品の生産地が、日本から台湾、 そして中国へと完全にシフトしました。生産地が移行した時、日本のR&Dは終焉を迎えたということが できます。

高度成長期を支えた日本の製品開発は模倣R&Dでした。因みに、R&Dとは、Research & Developmentの略で研究開発という意味ですが、当時の日本は Rip-off & Duplicate (相手を欺いて模倣す る)と陰口を叩かれていたほどの模倣産業を続けていたのです。模倣は決して悪いことではなく、 学習の第一ステップですから、これはこれで良いのです。

完全模倣を日本のR&Dの第一フェイズとすると、70年代後半から80年 代半ばに向かった更なる経済発展は第二フェイズによるものとなりました。欧米が開発した製品をベースに 更に良いものを作り上げるように変わったのです。単なる模倣を卒業し、オリジナルを出すよう変化をした のですが、元々のコンセプト自体は欧米の開発だったのです。

この頃から日本のビジネスマンにアロガンスがみられるようになりました。 そしてこのアロガンスが金本位制(この場合は両まつげが円マークになったということ)の思考に走らせた のです。それがバブル経済です。

日本経済が伸びた時、日本は将来を見据えた開発に準備をすべだったの ですが、基本的には本来の意味でのR&D力をもっていない企業が多かったし、それなりの技術者を 育てなかったものですから、彼等のR&Dとはトレードショーに技術者を送って製品開発のアイディアを 盗ませるくらいなものでした。そこに手を加えてオリジナルを出す、といった程度のものだったのです。 これが大方のメーカーの第二フェイズの姿でした。これも学習プロセスですから悪いことではありません。 しかし、この姿勢では、真の意味でのR&Dを育てることができないのです。したがって、第二フェイズ が終焉を迎えた時、次のレベルに入る前に脱落した企業が増えてしまったものということができるのです。 真の意味でのオリジナル(コンセプト)が求められる ようになった(要は、日本の第二フェイズの仕事は中国でできるようになったから、日本は次のレベル に進むことを余儀なくされた)時、多くの企業がお手上げ状態に入ってしまったのです。それは大手といえども 同じ事でした。

今残されている企業は第三フェイズのR&Dが出来ているメーカーか、新製品が求められ ない業界で高品質で信頼の高い製品を提供しているメーカーくらいなもので、その数はそれほど多くは ないでしょう。

日本が高品質の製品を産み出すようになってからは、 悪い意味でのR&Dという言葉は日本品を模倣する台湾製品に向けられるようになっておりました。 新製品が求められていない業界に身をおく日本メーカーの中には、高品質によって世界のトップの坐を守っている企業が多くあります。 しかし、それらの企業だけでは日本の将来を救うことはできません。大量生産によって成り立っていた日本 の雇用環境は、マネー経済で狂った時に全て空洞化してしまったのです。気がついた時には、日本の雇用を 支える産業は現地化または中国に移行してしまっていて、これからも失業していく労働者たち には再就職先はかなり限られてしまうのです。

バブルに向かう日本経済は銀行や商社のアホどもに音頭を とられたのですが、彼等の音頭とりが日本メーカーをマネー狂いに駆り立てるという取り返しがつかない 経済的失策を呼び込んだのです。結果、株式会社日本は、生産地移行後に求められる次の産業への準備を 怠ってしまったのです。今の底しれない不況から抜け出ることができない理由がここにあります。

当然、以上は一般論であって、中には独自の研究で世界にのしでていったソニーやトヨタのような企業 もあるのですが、ソニーを含めて、量産品の生産の多くは現地工場または中国製。日本企業として成功 しているかもしれませんが、日本国内の雇用にはそれほど貢献していません。それが現実です。

ソニーのような企業は少なくて、大方が 模倣だけを新製品としていた会社ばかり。中には、社員自らがマネシタ電器、マネシタ産業、 マネソニックと自分の勤務先を嘲笑するようなXX下電器のよう企業もあるくらいです。今、これらの 企業が特に苦しい状況におかれているようです。当然といえば当然のこと。何故ならば、自分たちの力で 新しいコンセプトを産み出すこができないからです。その点、カシオのような新生児のエネルギーは凄い ですね。次々と新製品の開発に力をいれています。でも、一般的には開発とは模倣なり。まさにRipp-off & Duplicateとするメーカーが多すぎて、新技術が求められない業界以外では、今はどこも駄目になってい るのが現実です。マネシタ電器の逸話、、次はどうでしょうか?

盛田さん: どうですか最近は?
松下さん: 最近は、うちの関東のR&D Center が頑張ってくれてまして、、
盛田さん: えっ! オタクは関東にResearch & Development Centerをお持ちでしたか?
松下さん: はい、ソニーコーポレーションともうします。

新製品は新アイディアから産み出されるのです。新アイディアは型に嵌まった思考からは産み出されない。 だから、開発者は色々な見方が出来るように新しい体験や旅をすべきなのです。僕が知っている企業の 中には開発研究員たちに旅をさせるところがイクツかあります。凝り固まった頭からでは、余程の天才でも なければ何も産み出さないからです。

ユダヤ人には学術芸術の世界で成功者が多いそうです。これはユダヤ人が旅を続けてきたからだ、とユダヤ 人の友人が言ってました。劇作家に、人生体験が少なく旅から得る体験や経験がなかったら、出来上がる ストーリーは極めて退屈なものでしかないでしょう。彼等が旅を続けてきたから、様々なものの見方ができ るようになっているのです。異なった価値観を知っている。それが彼等の描くストーリーを面白くさせてい るのです。日本には日本的経験から得られる発見によって「寅さん」映画をつくることはできても、 「2001年宇宙への旅」、「スター・ウォーズ」、「ジュラッシック・パーク」、そして「未知との遭遇」 は生まれ難い、、というか産まれ得ないのです。何しろ日本には新しいものが生まれ難い。寅さんにして みても水戸黄門にしてみても、いつもストーリーは同じです。シリーズになっていても内容は全て同じ。 ところが「スター・ウォーズ」の内容は常に新しい展開を描いています。ここに観点の狭広の違いが 出ているのではないでしょうか。

可愛い子には旅をさせよ、、先人は機知に富んだことを言いました。子には苦労をさせよ、という意味で はありますが、旅をさせることによって世界観が広がるという意味も含んでいると思います。カオルちゃんは こっちゃんに多くの新発見をさせる機会を与えています。幼子の頃から新発見によって世界観が 広がるのですから、これほど子の好奇心の核に影響を与える教育はありません。好奇心が前進向上への 熱をジェネレートとするからです。好奇心のない人は前に進むことがなく保守で安らぎます。そんな 安らぎ感があってもいいじゃないか、という反論が必ず出るのですが、善し悪しの話ではなく、前へ進む 以上、保守は足枷でしかないという点をついているだけです。

我々は、明日という前に向かっています。だから、ただ息るのではなく、活きるべきなのです。 活きるの活きは活動の活きです。これは行動という意味にもつながるのですが、行動には熱が必要。 熱がなければ言っているだけの観念論に終わります。何も産み出さないということです。それでは 困るわけですね。日本は一億総観念論者と言っても許されるくらいコトの美化を得々とかたり、考えを 現実に応用することができない人ばかりが目立ちます。息ているだけだからです。それが困るわけです。

熱を持つにはやはり好奇心がなければ駄目。よって好奇心をもつことができる環境を揃えることが教育の 前提となるのです。受験教育は、子たちの好奇心を育む努力を置き去りにしてきました。いくつもの例外は あるものの、受験的優等生たちの多くが"お金”にドライブされた生息はしていても、精神を満たす好奇心 によっては活きていない。そんな感じがしてなりません。好奇心不在の社会はどうなるのかなあ、不安です。

井の中での安住は自然死の運命共同体でしかないでしょう。生存とは、前に進むことなのですが、日本は、 前に進もうとする学者や技術者たちを欧米の企業に失ってきました。同時に、別の思考ができる東南アジア 人技術者を拒絶してもきました。残された人々は、井の中の蛙に近い型に嵌まった考え方のしかできない人 ばかり。全員がそうだとは言いませんが、大方がそうです。考え方の狭い彼等に将来を託していても、 日本のジリヒンは軽減されない。日本は落ち続けると思いますが、どこまで落ちるんですかね。 子の時代が不安です。その為にも子たちの好奇心を高める教育をすべきです。中学生や高校生たちには 短期でも良いから中南米や東南アジア、そしてアフリカあたりで短期生活させるべきです。異なった見方が できる人間がどれほどいるか、、これで日本の将来がきまるのではないでしょうか。寅さんや黄門様も いいんですが、日本の第一人者たちにはもっと新しいことをやって欲しいところですね。

2002年09月16日
小野沢昭志

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