ボスは迷文家シリーズ

口は災いのもと
軽率な第三者たち


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三年前こと。僕という主が欠席する場で僕のことをオモシロおかしくコケ下ろすことにより 僕との親近性を証明しようとした男から、僕と相手との人間関係を壊されたことがあった。 相手は締め切りを抱えていて、どちらかというとノイローゼ気味。それに悩まされた挙げ句、 相手もその男の調子にのって僕をコケ下ろす言葉で対応していた。それらを知った僕は驚いた。 結果、僕は激怒して、全ての人間関係が壊れた。ことの始まりは、この男による誤った第三者と しての僕の語りかたであった。

日本人の悪い癖で、親近性を示す為に友人や親しい人をマイナスに語る癖がある。そこまで悪く 言っても許されるのだ、という証明をしようとする語り方だ。聞き手は、話題の主のことを良く 知らない場合が多いので、話半分は信じる。ここで間違った印象を与えてしまうのだが、そのような 軽口を叩く言い手にその罪の意識はない。その人が居合わせない場所では、例えそれが良いこと であっても軽口や噂になるような話題をするべきでないのだが、こんな大人が多いので困る。 良識ある社会人ならば言わずとも了解していること。

良いニュースには伝達の順番がある場合が多くある。先ず両親、そしてお世話になった人、 友人などの順だ。好報には本人の口から直接伝えなければならない相手だっている。それは 本人だけが知っていることだ。そんなところへ第三者がわけいって入り、そのニュースを伝える ことは僭越であり慎むべきことなのだが、その判断もつかずにベラベラと語る人が多い。良識 ある大人ならば、その辺を理解すべきなのである。

最も信用がおける人間であることは、第三者がいない場でその人のことを語らないことである。 良くとも悪くとも語らない。それが鉄則であるし、その方が人間としてクールだとも思うのだが、、、。

おのざわショージ
2002年06月28日

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