ボスは迷文家シリーズ

日米思考の違いを決める土壌
雄大な自然と箱庭文化の違い


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アメリカにみる大らかな気持ちと、日本にみるきめ細やか な心のあり方の違いに感性のあらわれ方の違いがわかる。 そのままアメリカ的な人生観と、日本的な人生観の違い にもなっている。雄大で壮大な部分を生活圏に持つアメリカ 生活と、それが無くて道端に健気に咲く花や箱庭そして 盆栽を喜ぶ日本には夫々の良さがあるのだ。どちらが 良くてどちらが悪いということでなく、双方に感性の絶対 性をみることができる。

路地に咲く一茎の花。ちょっとヒンヤリする朝方, カンカン照りの日中、薄暗くなる夕暮れ、そして街路灯 の下に眠る。タンポポは、その時間帯によって見る人 様々な印象を与える。それが都会に咲くタンポポだ。 同じタンポポでも、シアトルに咲くその花には野原一杯 を占領するまでの逞しさがある。壮大な眺めなである。 この違いが、そのまま日本とアメリカの国民性の違い となっていて、それが子供の教育にも現れている。

僕は、アメリカと関わりはじめて30年、こちらに住み始め て20年になる日本語を話す火星人である。生活感として は雄大壮大が身についているが、やはり大学卒までは日 本的価値観しかもっていなっかったので、日本的な侘び 寂びの情を好む。

感性とは、生まれ育った土地から受け継ぐ部分が大きい。 住んでいる環境内での人間関係も大きな影響をもたらす ものだ。アメリカで様々な民族や人種と出会い、つくづくそう 思う。日本的感性には、儒教を尊ぶ社会だからこそのものが ある。明るい部分を素直に喜ぶことを戒められ、密かな喜び に充実する自分を見つける生き方を強いらるという独特な ものが日本にある。

小野沢昭志
2001年10月26日

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