ボスは迷文家シリーズ |
プーケット島で出会ったオバハンがやって来る
1997年の夏に僕はUAのマイレージを使って日本へ行った。ファーストクラスのFreeチケットであった。僕は基本的にはプロ級のセコイ男です。従って、せっかくファーストクラスに乗るんだったら長い距離ノラニャー損やねん、と思って東京-バンコックのOneLegをシアトルー東京の上につけた。空港は二箇所まではタダやねん。だからといって何日も行っているわけにもいかないので、バンコックは帰路の半日市内観光をしただけで滞在はプーケット島。そこでダイビングをやることを目的とした。でも向こうですぐにオーストラリアからの子ズレオバハンと知り合ってしまい、ピピ島に一緒に行くことになった。ピピ島とは、後日レオナルド・デ・カプリオの映画Beachの舞台となったところだ。奇岩島がボコボコ連立している。ジェームスボンドの映画Dr.ノー、と明日は死なないの舞台ともなったことで地元の人たちは自慢下であった。そこで知り合ったオーストラリアのバツイチ・オバハンのリースがこの10月にシアトルに来て誕生日をやるというのだ。四月に来たいと言ってきた時は忙しいから相手できないよ、と言ったら十月ということになってしまった。3週間もの訪問になるので疲れソーです。

ピピ島 バツ一 オバハン リース&息子のルーク
プーケットでは、オバハンとその息子もいっしょに夜の赤線街に行った。ショージ、ちょっと離れて歩いてみろ、と言われたので彼女の先頭を離れて歩き始めたとたん、夜のオネ-サンがたが蚊のようにたかってきた。それだけでも痒く感じられてきた。当時、タイがAIDS感染率#1だったので、我輩を誘ったオネ-サンたちの10人のうち10人が患者だったのだろうなあと思った。因みに、お誘い値段は3000円でした。これを安いと思って、後でビョーキの心配で悩まされるオニーチャンやオトーサンたちが沢山いるんだろうなあと思った。

ピピ島帰りによったイカダ上レストラン
このバン、オバハンから誘われてサイモン・キャバレーに行った。オカマ・キャバレーだ。ここにも子ズレで行ったのだから、オーストラリア人はアメリカ人と違うなと思った。アメリカ人だったら目の色かえて、道徳をトクトクと説くところだ。ヨーロッパの連中もその点はさばけているので日本人うけする。

へたな女より奇麗なお釜 一発 3000だが痒そうです

オマケ写真プーケットのカロン・ビーチ
おのざわショージ
08/21/01