ボスは迷文家シリーズ

赤い10月
自由を求めるロシア人


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Red October,,,1917年10月17日、、10月革命の日。ロシアの旗の色が人民の血で赤く染まった日と いわれている。赤い10月。ボルシェビキやレーニンが後ろで糸を張っていた革命。この赤い10月が 映画のタイトルとなった「The Hunt for Red October」(邦名:レッドオクトーバーを追え)という映画 を僕は10年ほどだったか前に封切りの時に観た。ショーンコネリーを艦長とする潜水艦「赤い10月」 がアメリカに亡命する過程を描いたストーリー。この映画をDVDで観たと僕の友人が 自分のHP に書いていた。下はそれへの僕からのコメントである。

RedOctoberを追え(邦名?)ですね。 The Hunt for Red October、 僕はこれは名作だと思っています。 もう10年にもなるんですかね、封切りの時にで観ました。 ハリウッド作品の中のダイアローグに貧困を感じていた昨今。 この映画には、僕が気にいった台詞があるのです。 潜水艦のロシア水兵のひとり、赤ら顔のロシア兵が 自由の国アメリカへ亡命することに目を輝かす。 アメリカへ行ったらワイフを三人(?)もって キャンピングカーを買って、、旅をするんだ、、 そんな自由への想いをこめた台詞が映画の中にあった、、、。 不自由のソビエト連邦から自由の国アメリカへの 憧れをこれほど上手に表した台詞はない、、 お金をかけた装置のアクションに走りがちになってきた ハリウッドにしては久しぶりの名台詞だ、と僕はこの映画を観ていたそう思いました。 同じくショーンコネリーの映画「Russia House(ロシアの家?)」もいいですね。 ここにも名台詞があります。僕は、これも時をずらして観たのですが、確か トロントへ向かう機内映画だったと記憶しています。

昨年の暮れ、 僕は金髪ロシア人ピアニストのマリーナと知り合いました。 おじいさんは有名な指揮者だったそうです。 彼女は、三年前にロシアからニュージーランドへ移住。 だから今ではキウイー国籍 アメリカに来た理由はアイダホのリゾート地サンバレーでプロジェクトを得た 同じロシア人ご主人のブロードミアを訪ねた短期間のもの。 彼女はつい最近はニュージーランドに戻りましたが、その間に 僕の友人のべッツイーが元ご主人と共に経営している「ミッシエルズ・クリスチャ−ニア」 というフレンチ・レストランで演奏をしていたのです。それで彼女は べッツイーと親しくなったというわけ。因みに、このレストランは、 最初のオーナーの時に、ヘミングウエーが食事に利用していたことで知られており、 今では、映画のブルーズウイルスやクリント・イーストウッドらも来ます。 彼等がサンバレーに別荘をもっているからです。べッツイー(元全米女子チーム のスキー選手)は彼等のオニョボらにスキーのプライヴェートレッスンをしてました もんで、彼女には彼等との交流もあります。

そのマリーナがシアトルに初めて来た晩、 僕はべッツイーに頼まれて彼女とべッツイーを空港に迎え、 三人でシアトルダウンタウンはインターナショナル・ディストリクトの藤寿司の和室で食事をしました。 自己紹介をする彼女に向かって僕は、 「それで、いつ北方領土を日本に返してくれるのですか?」とマジメ顔、、、 彼女の顔はとたんに困惑表情、、 僕は、そこでジョーダンだよ、と笑顔、、 彼女は、ほっとした表情で、私は今はニュージーランド国籍、、 ロシア人ではない、、と上手く逃げてました(笑)

その彼女は、別の晩に、べッツイーの家のグランドピアノをつかって 僕のリクエストに応えで数々のロシア民謡を奏でてくれたのですが、 あのロシアの音楽って、力強く、そして哀しいですね。 僕が中学生の頃に学校で習った歌の数々、、、どことなく懐かしかったです。 日本の曲では、恋のフーガがヒットしたそうで、それも演奏してくれました。

彼女に質問をしました。 「ロシアに住んでいた頃、アメリカのことをどう思っていたの?」。 彼女の答え、、 政府も学校も、、軍備を強化しなければアメリカに侵略される、、 そう聞かされ続けていた、、ということでした。 ところ変われば品変わる、だと思ったもんです。 まだアメリカに滞在している、ロシア人ブロードミアからべッツイーへ電話、、 7月4日の独立記念日の晩のこと。 「独立記念日おめでとう!」 時代も変わったものです。

僕は独立記念日の晩、スピルバーグによる「Saving Private Ryan」を観てました。 四人兄弟の全てが戦争にとられ、三人が死んだ。 それを知った総督が、母親の悲しみを察し 四人目までを死なせてはならない、、 とノルマンディーのどこかで戦っている徴兵された市民兵のJames F. Ryanを探させるのです。

トムハンクスを隊長とするミッションが編成され、 ひとりの二等兵の命を助ける為に7人編成の隊が命をおとしていく、、、 そんな映画でした。 最初の15分、、、いわゆるDーDayのシーン。 Uボートから上陸する兵士たちの殆どがドイツ兵によって殺されていく、、 アメリカの田舎で22mmのライフルで鳥しか撃ったことがない18才の若者たちが 翌日は自動小銃をかつぐ戦争に巻き込まれていく、、 日本でもそうでしたが、戦争とは壮絶なものですね。

おのざわショージ
2002年07月06日

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