ボスは迷文家シリーズ


転テコ子麻衣子 RoadKillと化す?


目次に戻る


ロード・キルとはRoad Killと書いて交通事故にあって死体化した元生き物のことを言う。シアトルでは住宅地でも、アライグマ、スカンク、リス、時には鹿の死体が道路脇に横たわっていることが度々ある。これらの死体をRoadKillと呼ぶのだ。アメリカ自転車横断中の友人のことを思って「彼は今頃どの辺を走っているんだろうね?」という質問に対して、「今ごろはカンサスあたりの平原でRoadKillになっているんじゃないのかなあ」という冗談会話にも使われる。昨夜、インターン女子大生の麻衣子は自転車トレールでRoadKillになったように見えた。2001年8月1日快晴、6:20PM頃、彼女の事故はおきた。

この日、麻衣子と僕はいつものように5時にロードバイクにまたがって出走した。向かい風もなく、ペダリングはスムーズであった。彼女のペダルも軽やかでいつもよりもスピードは上がっていた。既に一ヵ月半、毎日心拍トレーニングをさせてきたので、どんなにペダルの回転数を上げさせても息切れはしない身体になっていた。当社でインターンを始めた頃の彼女には体力が全くなかった。そんな彼女がここまで強くなったことに、僕は嬉しさを隠せないでいたし、彼女も本人にここまでの体力がついてきたことが信じられないと言っていた。しかし、体力の向上と自転車ハンドリングの技術が平行していなかったことに彼女はもとより僕も気がつかなかった。

自転車は誰にでも乗ることができるという固定観念は、日本で普及している買い物や通勤用の使い捨て自転車からくるものだ。同じ二輪車とはいえ、僕らがやるスポーツ用の自転車は乗り方が全く異なる。ハンドル操作一つにしてもそうだ。ママチャリはスピードが遅いので、街角を曲がる時にはハンドルを大きく左右のいずれかに実際に"曲げる"。その感覚でロードバイクに乗ると危険である。

ロードバイクでは基本的にはハンドルをきらない。オートバイ・レースで膝を路面にするほどまでに体重移動してカーブをきるのだがあれと似ている。麻衣子にもその練習をさせていた。ハンドルをきっては駄目だよ、自転車か体重を傾けるんだよ。そんな話しを何度もしていたし、彼女も20キロくらいのスピードでブレーキを使わずに、ハンドルも曲げることなく、ヘアピンカーブをこなせるようになっていた。スポーツバイクでハンドルを曲げるということは禁物なのである。特にスピードが出ている時はそうなのだ。90度角をユックリと曲るなら別だが、スピードが出ている時のハンドルを曲げることは事故の原因となる。

麻衣子の自転車は30キロのスピードでハンドルをきった。彼女の後方を走っていた人がそれを目撃した。「急にハンドルを左にきったようだった。そして次の瞬間には身体が投げ出された」。彼女の前輪が僕の後輪にぶつかりそうになった為の咄嗟の判断だったのだろうか。当然彼女が乗ったバイクのハンドルは大きく横に曲り、時速30キロのスピードが前輪の路面接地点を支点として麻衣子の身体はハンドル越しにスーパーマンをやったのだ。これをOver the barとかEndoという。僕はマウンテンバイクのスピード・ダウンヒルで、エンドウを何度も経験している。マウンテンバイクはロードと異なって、着地先はとがった岩であったり、根であったり、運が悪ければ崖の下だ。僕はそれらの全てをやっている。これをいい歳したチュー年になってやっているのだから、日本の同年代の連中からは「もっと年齢相応の分別をもったらどうか」だなんて言われてバカに思われている。しかし、僕は彼らと同じように分別だらけになったら人生が極めてボアリング(つまらない)ものになってしまうと思うのだ。一度しかない人生だ、やりたいことをやればいい。

スーパーマンまでは良かったのだろうが、その後の麻衣子はまるでRoadKillのようだった。うつむせになったまま身動きひとつしない。普通は身体が少し動かして自力で立ち上がろうとするのにその気配がないのだ。やはりRoadKillになってしまったのだろうか。僕は心配になって、彼女の身体を仰向けにさせた。顔に陽があたったからか、彼女は薄目をあけて目玉を左右に動かしているようだった。RoadKill化はしていなかった。良かった! 僕は彼女に話し掛けた。しかし反応はない。口に水を含ませた。まだ反応はない。身体をしめつけているものの全てを外した。ヘルメット、時計、靴、そしてこの日は夏とはいえども肌寒かったのでタイツをはいていた。それも引きずり下ろして脱がした。女の子のタイツを脱がすなんて事は、こんな事故でもなければできない。これは役得であった。だけど変なことは考えないで欲しい。僕は彼女がタイツの下に自転車用のショーツをはいていることを知っていたのだ。彼女は厳重なのである。

そんなこんなしているところに二人の女性ライダーたちが立ち止まってくれた。そして近くの事務所から救急セットを借りてきてくれた。そうそう、麻衣子の顔は擦り傷だらけで、鼻下からは血が出ている。当然両腕両足とも擦り傷で血が出ている。頭はヘルメットをかぶっていたので傷ついていない。ヘルメットを調べたらヘルメットにも傷はなかった。衝撃はヘルメットのツバとサングラスで受けたようだ。サングラスのフレームには路面を擦った痕が分かる傷が残っていた。レンズは外れていた。顔には、サングラスフレームが衝撃を受けたと同時にそのフレーム内面が頬を擦り剥いたと思われる傷が走っている。頭蓋骨と脳への衝撃が一番の心配点だった。しかし、ヘルメットにかすり傷ひとつついていなかったことから頭を打っていないという確信がとれた。それでは何で意識不明なのだろうか? 頭を打っていないのにである。sれが僕には理解をすることができなかった。

三分もすると麻衣子は意識を戻した。そして言った、「何があったんですか?」。彼女には何がおきたのか理解が出来ていなかった。普通は、投げ出されると、顔がフェイスプラント(FacePlant)、即、路面に着地するまでのことを憶えているものなのだ。しかし彼女は投げ出されたことさえも覚えていない。彼女の意識は投げ出される直前になくなったからであろうか。路面に叩きつけられた為に意識を失ったのではないことだけはヘルメットが無傷で彼女が衝撃の瞬間を憶えていない事からも確かだった。

僕の後輪にぶつかる!怖い!と思った瞬間気絶したのに違いなかった。よって、彼女はハンドルをきってはいないのだ。恐怖心から気絶した為にハンドルから手が離れたことにより前輪がコントロールを失ったのだろう。彼女の手の平や両腕の内側に傷がないことからも理解できる。意識があったなら顔を守る為に咄嗟に両腕が前に出るの本能だ。その時に腕の内側や手のひらを擦りむいたり傷つけたりする。彼女の手傷は甲羅側で腕傷は外側であった。その上彼女は肩を打撲した。衝撃着地よりもずっと前に、二台のホイールが接触するという恐怖心が、転倒する前に彼女の意識をシャットアウトしてしまったのだろう。

「酷い顔しているね」、意識の戻った麻衣子に僕は言った。ちょっとキツイ言い方だったけれど、後で鏡にうつる自分の顔を見てショックを受けないためにも必要だった。傷は消えるから問題はない。安心しろと言ってやった。彼女の傷の消毒を手伝ってくれた女性はコリーンとジーンという名だ。コリーンはREIに勤めていると言っていた。僕と共通の知り合いが何人もいる。僕は彼女等の提案に従って、車をとりに戻った。彼女等が麻衣子のそばにつきそっていてくれると言ってくれたのだ。他にも通りすがったサイクリストの全てが手伝いましょうと言ってくれた。みんな親切だった。

事務所に戻ってっから僕は麻衣子を近くの緊急診療所に連れて行ったが、医者は意識を失っていたのだから、ER(EmergencyRoom)=救急室へ連れて行って、脳の検査をするようにと言った。僕にはそう言われることが判っていたのだが、診療所で済むならそうしたいと思っていたのだが、そうは問屋がおろさなかった。ERを避けて通ることはできなかった。この時の時間は7:00だったが、ERを出た時間は夜中の12時を回っていた。待たされた挙句まだ更に待たされたのだ。ERなんて場所には行くものではない! 二年前のクリスマスの晩に僕は同じ病院ValleyMedicalHospitalのERにスキー事故で脚の筋を切った時に運ばれたのだ。この時も延々と待たされた、という経験があったのだ。

最初はショック状態から抜け出せなかった麻衣子も、ボーイフレンドの彼氏がERまでやってきたらメキメキと元気になってきた。僕は安心したが、次には麻衣子が待たされることに嫌気さしてしまった。誰だってそう思う。彼女は問題ないから帰っても問題ないか?だなんて僕のOKをとろうとする始末。これをアメリカ経験と思え!と言って彼女を納得させた。そんなこんなしているうちに医者がやってきた。待った甲斐があったと言うべきか、さすがアメリカと言うべきか、この先生が何と何とミスアメリカにでも出られるほどの金髪チョー美人。ああ、俺が麻衣子に代わって気絶するんだった!と思わせるほどの美人なのだ。その先生が言った。「大した事ないわね、私も二週間前に自転車に乗っていたときに車にぶつけられたのよ」。彼女の顔の傷は麻衣子よりも酷かったと言った。二週間たった今、彼女の傷は跡形もなく消えていた。彼女は頭をうったがヘルメットをかぶっていたので問題がなかったと言った。

自転車事故といえば、ジョージ(71歳)は三年前に田舎道を走っている時に、犬が急に飛び出してきて事故った。入院するほどの事故だった。前輪は飴のように曲り、前輪を取り付ける前フォークは折れた。ヘルメットも崩れ壊れた。全身打撲した。共通の友人のジョンもヘルメット割れの事故をしているし、僕も5mほどの崖降りをヘマしてFacePlant(顔面着地)した時にヘルメットを割った。この他にも、週一でいっしょに走る世界選手権の金メダリストのシャンはレース中にヘルメットを割るほどの事故は二度ほどやっているし、先週末のレースでは小指を付け根で骨折した。だから今週のライドはお休み。 この一週間はなんと事故が多いのであろうか。日曜日のシャンの小指骨折にはじまり一昨日の僕の肘タンコブ転倒、そして昨日の麻衣子の気絶事故。今週もまだ三日ある。ちゃんとヘルメットをかぶってバイクに乗ることにしよう。本当にRoadKillになったらやはりヤバイだろうから。

おのざわショージ
08/02/01




事故の二日後、怪我跡が顔に痛々しい麻衣子は再びロードバイクにまたがった。怖いとは思わなかったようだ。まあそうだろう。何しろ、自転車から投げ出される時のことや顔面着地のフェイスプラントの記憶がないのだから恐怖心がなくても不思議はない。僕は、時速1マイル=24kmのスピートを維持するようにと麻衣子に伝えた。彼女は僕の指示を守った。ペダル回転も高いので高効果のカーディオ・バスキュラー=心拍数の運動になっている筈だ。このスピードで息切れもしていない。コンスタントに走っている。ちょうどそんな時、彼女に変化が見られた。顔を痛そうにしている。「どうしたんだ?」。蜂がヘルメットの中にはいってきて刺されたみたいなんです。とても痛いです、と言った。ヘルメットを外したら蜂が一匹舗装されたトレールに落ちた。痛々しい顔傷の上に蜂。これを泣きっ面に蜂とでもいうのだろうか。

彼女が刺された場所で、実は僕も刺されていた。三週間前のこと。麻衣子といっしょに走っていたら、同じ場所で蜂が僕のサングラスにぶつかって内側に滑り込んできて、そこでパニックをおこし左眼の下を刺されてしまったのだ。これが実に痛かった。だから麻衣子の痛みもわかる。僕もフェイスプラントは何度もやっているので、この痛みもわかる。彼女と僕は同じ苦しみを共有しているのである。

この日のライドにはERで初対面だった麻衣子のボーイフレンドが参加した。Kマートで60ドルで買ったマウンテンバイク・スタイルの街乗り車だ。60ドルで18段ギヤーだ。クラスとしては日本のスーパーで売っているママチャリと同じもの。価格帯もいっしょ。しかしアメリカのママチャリにはギヤーがついているのだから、シングル・ギヤーの日本ママチャリと比較してお買い得である。日本は何でも高すぎる、というかアメリカの安売り商品は中国人労働者の搾取の上で成り立っているので店頭価格は安くなる。

さて、そのボーイフレンドなんだが、長い話を短くすると、彼は麻衣子についていくことができなかった。麻衣子は24kmのスピードをコンスタントに1時間半こぎつづけた。脚の動きにも疲れをみせていない。反面、ボーイフレンド君は後ろで息を切らせながらハーハーいってこいでいた。僕が彼に合わせて話し相手になっていたのだが、返事が苦しそうであった。麻衣子と走行中に会話をしても彼女の話し言葉に息切れが感じることはない。麻衣子はボーイフレンドよりも心拍力と脚力がついたのである。

怠らぬ歩みおそろしカタツムリ、とは僕の中三の担任であった中嶋宏先生が卒業アルバムに書いてくれた言葉だが、ここ一ヵ月半、怠らぬことなく自転車トレーニングとローラーブレードを続けてきたカタツムリが麻衣子である。僕は自分がどうだということを言いたいのではないが、人間は出会う人によって良くもなれば悪くもなる、という例であろう。つい最近、寿司屋で聞かされたことであるが、僕のところでアルバイトをやっていた遊び人留学生のシンジが僕からの言葉を受けて、自転車好きでもないのにアメリカ自転車横断をやった。このアチーブメントが現在の勤め先の経営陣が35倍率の求職者の中からシンジに決定する決め手となったそうだ。これを話してくれた寿司職人はシンジの留学時代の友達で、今も連絡をしあっているということだった。

これを書いている今は8月6日の月曜日。麻衣子が頭に受けた蜂刺の痛みはすぐに消えたそうだ。そして、顔の傷も半分消えた。彼女は不思議がっていたが、それもその筈、僕は彼女の傷の手当てに野渕さんから頂いた不思議な水をつかったのだ。この水のおかげでふさがらなかった愛犬の傷もふさがったし、アマゾンの動物にかまれた薬剤師マイクの傷も化膿することなくすぐに消えたのだ。すごい水である。

おのざわショージ
  08/06/01




Maiko took a major dive over the handlebar Maiko,intern girl, crashed her bike at 19 miles an hour speed as she got fainted on the bike, causing a major crash followed by a visit to a nearby ER.

On last Friday when we went out on a regular after work hour ride with Maiko, intern student, she took a major dive from her speeding bicycle. Until the accident she had put about 360 miles or 580km on wheels in 1-1/2 months. As a result of her wipe out, we ended up spending 6 hours in the ER at the Valley General Hospital for Maiko. What happened was that when we were going at 19 miles an hour she was drafting on my tail, all of a sudden, she crashed the bike and flew over the handlebar.

When I stopped my bike and looked at her she was on her stomach laying on the trailside. She was totally unconscious. I held her up, but she was not responding. Her face was totally bloody but no scratch on her helmet. It did not appear that she hit her head but scratched up her face pretty badly. I took her to an ER after she came back awaken. She does not remember that she face-planted herself. She does not even remember going over the handlebar.

She must have fainted at the speed of 19 miles an hour when she was pedaling. The faint must have been caused by a fear of the first-time-in-her-life sort of high speed on two wheels or by a fear of possibly hitting my rear wheel. If she had been awake until she hit the pavement, she would have landed on her palm and arms and she should remember the pavement coming close to her face. She should have also remembered herself loosing a control of the bicycle if she had been awake. She does not remember any of these. That makes me certain that she was off before the crash. Just because her switch got turned off she lost the control of the bicycle. There are not even a scratch on the soft side of her arms and hands. I do know that she took an impact on the visor of the helmet and the frame of the shades.

It was a weird accident. Her doc at the hospital was the most beautiful woman ever seen. I should have fainted instead of her; just kidding. Anyway, the beautiful doctor said that she took a spill about two weeks ago as well when she was on her bike, but the damage to her face was worse than Maiko's. In two weeks the scars disappeared. I have done it to myself a number of times too. So, I know for sure that Maiko's scars will disappear. Her face is very much like that of a worrier's now.

I rode with her yesterday. I told her to maintain 15 miles an hour. She rode very smoothly and comfortably, but do you know what? On this ride, a bee came into her helmet and she got stung. It was around the same area as where I got my cheek stung about three weeks ago. In may case, a bee hit my shades and got tangled up inside my shades between the left lens and my upper cheek, and stung me.

Shoji Onozawa
08/04/01

ご意見・ご感想



目次に戻る