ボスは迷文家シリーズ

シアトルすし屋ヨモヤマ話し


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シアトルに住んで20年。寿司好きの僕は、今までにあちこちの店 で寿司を食べてきたが、総合的に評価して、山ちゃんほどのプロ 職人のすし屋と出会えることはなかなかないだろうと思っている。 山ちゃんはプロ根性を人柄にも出していて、プロというビジネス・ ライクな部分を親しみやすい雰囲気つつんでいる。腕ひとつとって みても他の職人達とも線を画している。そうは言っても世の中は広 いので、山ちゃんに負けるとも劣らない職人を探そうと思えば他に もいくらでもいる筈だ。しかし、山ちゃんは彼ら以上である。レスト ラン業が客商売である限り、プロとは腕だけではなく、接客やサー ビスなどを含めた全人格的なもの。その意味での彼の完成度は 極めて高く、彼の右に出るものは先ずいない。

山ちゃんはネタの仕込みが上手である。欠点は、この店の寿司シャ リが僕の好みではないということと、フレンドリーではあるがラフすぎ て横柄な態度のオーナーだ。これは僕ひとりだけが感じていること ではなく、シアトル地域に長い日本人の共通した意見だ。本人に悪 気はなくそれが性格なのだろうが、接客業としては大柄なのである。 寿司シャリは山ちゃんの責任ではない。この店の合わせ方なのだ からどうしようもない。シャリがこの店以上のすし屋はシアトルには いくらでもあるのだが、僕は山ちゃんの人柄が握った寿司を僕は食 しにいく。 満員御で如何に忙しいかろうと、声をかけると顔をニコッ とさせて、「ショージさん何でしょう?」と応えてくれる。こちらはホロ 酔いの客で、大した話はないのだが、いつでもこんな感じでなので ある。これは気持ちが良いものである。

他の寿司屋でも悪い人はいない。みんな良い人ばかりだ。腕の良さと 人柄の表し方で、山ちゃんと似た人が一人いる。僕は彼の寿司も好き だ。しかし彼には欠点がひとつある。手があいた時に表にタバコを吸い にいくことだ。タバコを吸えば、指にはニコチンがこびりつく。喫煙から 戻って濡れタオルで手を拭いてもニコチン漬になった指が寿司を握る のかと思うと僕の食欲は下がる。山ちゃんは喫煙家ではないのでこれ をやらない。この職人に山ちゃんが持つ最高点のプロ意識があったな ら、客をカウンターに待たせながらの喫煙はしないであろう。この点、 kさんという職人はすごい。ゴルフを共に周ったことがあるのだが、彼は 両手にグローブをはめた。寿司を握る指に土がこびりついてはいけない というプロ根性だった。

どんなに善人の親父でも、他の寿司屋だと山ちゃんのようにはいかない。 忙しい時に声をかけるとイライラした口調で、「今、忙しいんだからもう少 し待っててもらえますか?」とまるでウルセエなあとでも言うような感じだ。 本人に悪気はないのだが、余裕がない性格なので、イライラを客にぶつ けてくる。そんな時は、こちらも怖くて注文をすることができない。一度 イライラの対応で無礼が感じられた時など、僕の足はしばらくの間遠のい てしまう。マグロの注文を3、40分も待たせたあげく、僕からの遠慮っぽ い「マグロ、お願いしますね」という問いかけに対して、「わかってるよ」と 撥ね付けたSという職人がいた。15年ほど前のことだった。彼はその後、 寿司屋を転々としているので、時々あちこちで顔を見かけたことがあるの だが、彼が寿司カウンターにいると僕は案内されたカウンターに座らない どころか店を出てしまう。「どうしたんですか?」とオーナーから聞かれると、 「あんな野郎の寿司を食うことはできない」と言って拒絶するのだ。最近で は彼を見かけることがなくなったので気分を害されることもない。

僕は寿司が日本特有のトータル・インテグレーションの食事だと思っている。 何故ならば、場という雰囲気があって、寿司を握る職人との気持ちの通じ あいがあって、客が注文する商品(寿司)を客が見ている前で"制作"し、 職人も、職人粋があるからできるだけ美味しく食べてもらおうとする気持ち をその場でみせてくれる。それを客はありがたがり、そんな雰囲気が加味 された味が寿司下駄の上に置かれた寿司から伝わってくるからだ。僕は 山ちゃんの人柄を食べにいく。最近では、カウンターの客の目の前で揚げ る天ぷら屋が一般化してきているが、寿司屋の雰囲気とは異なる。損得 しか考えない寿司屋の親父や職人、そして何を勘違いしているのか、頑固 で馴染みにくい性格を表にだすことが職人の証しと勘違いしている根性が 曲がった職人が多い。それを賞賛する日本のテレビ雑誌や評論家がいる からいけないのだが、本当のプロとは、客がトータルな雰囲気を愉しむ姿 を感じ取って今日も良い仕事をしたと喜ぶ。それが山ちゃんである。

ゴルフの時に両手グローブをするKさんは僕が昔から贔屓にしていた寿 司職人だった。彼の寿司は抜群に旨い。彼も職人としての気位が高かった。  シアトルのテレビにも出演して寿司の作り方を見せていた。この男が客とし ての僕に大柄な態度を示したことはなかった。しかし他の客にはそれをやっ ていた。一度、アメリカ人の客に対して、「嫌だったら他の店に行ってくれ!」 と文句を言った。一時が万事。彼の店に来ていた客は他の店に行くようにな った。日本では、このような態度に職人の気骨があるとして変な評価をする ので職人も勘違いしている傾向にあるが、僕にしてみればそんなものと職人 根性は無縁なのである。このKさんには、旨い店には客は遠くてもやってく るという自信があったのだろう。店をとんでもない遠くにオープンした為に昔 からの客足まで遠のいてしまった。結果、店をタタムはめとなった。

シアトルのダウンタウンにある行きつけの店で先週の金曜日の晩に食事を した。この店は久しぶりだった。金曜日の7時。店が一番忙しくてはならない 時間帯に店内がガラガラだったのでおどろいた。昨夜、山ちゃんの店(ベルビ ュー)に行ったら金曜日は5時から10時まで満席で大変忙しかったと言っ ていた。マリナーズの人気でナイターの晩はレストランがガラガラになると いう話を耳にしていたものの、この差は一体何なのだろうか。やはりロケー ションも影響しているのかもしれない。山ちゃんが働く店に勝るロケーション はない。Kさんの店も含めてやはり、一にロケ―ション、二にロケーション、 三四がなくて五にロケーションなのかもしれないと思った。

このシアトルの店がオープンした時に僕は頻繁に通った。しかし最近は足が 遠のいている。欠点はこの店にはバーがあって、そこで喫煙を許している事 だ。そして、換気がきちんとしていない。バーとレストランは大きなひとつの スペースで区切られているだけなので、一人の喫煙だけでもその煙は寿司 カウンターにも漂ってくる。嫌煙家の僕にはこれに耐える事ができない。こん な点に喫煙家のオーナーは気がついていないのだろう。テーブルに着席する 客はアメリカ人が多い。日本食を好むような(文化的好奇心が広い=知識欲 が高い)アメリカ人の中に喫煙者が少ないだけでなく、嫌煙家が多いことをオ ーナーは知らないのであろう。

この店で愛想が良くて美人の奥さんがいる。客の間で人気が高かったのだが、 どうも酒の押し売りが強すぎる。彼女には押し売りの気持ちはなくそれが客へ の愛想と思っているのかもしれない。僕は彼女に好感を持っているのだが、彼 女の口から決まったように、「小野沢さん、もっと飲めるでしょう」とやられる度に 興ざめしてしまうのだ。当地はアメリカ=運転なので、客がウイスキーでもワイ ンでも二杯も飲めば、それ以上薦めるべきではないと思うし、客もその日の気 分で酒を飲みたくないことがあるのだが、彼女はそんなことはお構いなしに酒 注文のプレッシャーをかけてくる。彼女がみせているものはプロ意識ではなく商 売根性だ。それが明らかな為にこの店から足が遠のいたという人が他にもいる ことを僕は知っている。良い人なのに、客との対応を勘違いしている為の損だと 思っている。

山ちゃんの店に勤めていたK2という寿司職人がいた。腕は良い。僕は彼が自 分の店をオープンした時に頻繁に通ったが、三ヵ月後には行かなくなった。従業 員の悪口を客に向って言うからだ。「Kozoはどうした?」というアメリカ人客に対 して「腕が悪いから辞めてもらった」と彼が応えたことがあった。彼にしてみれば 冗談だったのだが、僕にしてみれば悪意の冗談でしかなかった。そういう冗談を 軽口のように言って許されるものではない。その日を最後に僕の足はとまった。

シアトルの日本レストランのウエイトレスたちはみんな一生懸命に働いている。 留学生、留学生崩れ、留学後アメリカ人と結婚した女性、、いろいろいる。みんな 懸命に働いているのだが、中には好感が持てる仕事をするウエイトレスもいるの だが、日本人と中国人ウエイトレスに欠けていることがひとつある。それはプロ 意識だ。この点、アメリカ人のウエイトレスはその点プロ意識が高い。良い仕事 をやってチップを稼ごうという気持ちが強いからだ。アメリカのレストランでは必 ずテーブルに四人ならば四人の食事を同時に運んでくる。日本食店でそれが できるところが少ない。先週の金曜に食事したレストランで一月ほど前にあった こと。三人の注文をとった後、忘れてしまったのでもう一度お願いしますとウエイ トレスが言った。ふつう注文を書き取るべきなのに、二度目に注文をした時にも 書き取る様子がない。書きとらなくていいのか?と僕が聞いたら、書くものがない と応えた。これらはマネージャーの管理の問題でもあるが、基本的にはウエイト レスに自分が受持った客に満足してもらおうというプロ意識がないからだ。オー ナーがフロアーの管理をせずに、キッチンや寿司場で仕事をやってしまっている ので接客管理ができていない点に最大の原因がある。

日本人と中国人ウエイトレスに欠けている点がもうひとつある。それは恥ず かしがりや過ぎて客に誤解を与えてしまうことだ。山ちゃんのようにニコニコ顔 をすることができないだけではなく、顔の表情が強張っているのだ。本人達に 悪気がないことを日本人の僕は知っているのだが、客として気分の良いもので ない。アメリカは「初めに言葉ありき」の国。会話は他人同士の関係を向上させ る道具である。その会話が苦手の人にウエイトレスの仕事は反営業的でしか ないであろう。本人がアンフレンドリーであるかないかは全く関係がない。相手 に不快が感じられるような対応しか出来ないことはその人が対人関係に成り 立つ仕事に向かないということなのだ。中国人のウエイトレスの中にはもとても 気分悪い女性が多い。そんな時僕は、下手な中国語で、「お姉ちゃん綺麗だよ」 と言ってやる。十中八九、表情をほころばせて急に愛想が良くなることがある。 しかしそんなことでも困るのだ。客に気を使わせてはプロとしては失格でしかない。

シアトルにウォーリングフォードという地域がある。そこのAという日本レストラン に娘とともに入ったことが一度あった。店は忙しく、テーブルは9割方埋まってい た。僕らは愛想が悪いオーナーから入り口で客通りの多い場所に座らされた。 その横のテーブルも空いていたので、移っても良いか?と聞いたところ。オーナー は嫌な顔を示して舌打ちした。僕と娘は客をそのように扱うオーナーの態度をに わかに信じる事ができなくて一瞬あっけにとられたが、席に座って一分もしない内 にお互いに「出よう」といって、何も注文せずに他の店に行った。

忙しい時にイライラする気持ちを理解することはできるのだが、そのイライラを 客に察知されたらその仕事をプロとしてやる資格はない。そんな中で山ちゃんは 僕が100%以上のプロとしてファイブ・スターを与えるプロの職人である。

おのざわショージ
072901

日曜日の晩に息子と二人で、板場を離れてタバコを吸いに行くことだけが難である 寿司屋に出向いた。この晩も板場を離れた。僕は気にとめないようにしていたのだ が、帰りの車の中で息子が言ったことは、彼のお寿司は美味しいのだけれど、板場 に立つ彼のユニフォームの胸ポケットにマルボロの箱が入っているのは嫌だね。19 歳のアメリカ人少年の言葉だが、アメリカ人の大人たちはもっと気にすることだろう。

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