ボスは迷文家シリーズ


Vol.1

全米チャンピオンの誕生
技術の進歩


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全米チャンピオンの誕生―サイドトラック社

六月二十一日ヒューストン: 去る六月二十一日、ヒューストンで全米自転車トラック競技選手権大会が開催された。この大会でシアトル在小野沢昭志氏経営のサイドトラック社所属のアメリカ人選手が、みごと三つのメダルを勝ちとった。

フェデラルウエイに住むシャン・レイレイ選手は、自転車部品やアクセサリーの開発でお馴染みのサイドトラック社の契約選手。この度のヒューストン大会で種目別に三つのメダルを勝ちとった。 マッチス・プリントで金メダルを獲得し全米チャンピオンの座に輝いただけでなく、500メートルの疾走で銀メダル、そしてオリンピック・スプリントで銅メダルを獲得したのだ。レイレイ選手は、この結果により四年後のオリンピックに一歩近づいたことになる。

マッチス・プリントでは、過去に元競輪選手の中野浩一が11年連続の世界チャンピオンの座についたことがある。スピード・スケートから転向した橋本聖子も、マッチ・スプリントが専門であった。二人の対抗しあう選手が、牽制そして駆け引きをしながらスプリントの一瞬を狙うこのレースは、醍醐味のある競技としてオリンピックや世界選手権では目玉レースとなっている。

6-27-97

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技術の進歩


コンピューターとインターネットの操作能力
これから第一線で活躍する上での最低条件

1970年頃からの電気事務機器の進歩発展は著しく、そのスピードは目をみはるばかりである。 パソコンがその代表格だ。 この進歩に、知的好奇心をもって立ち向かわないと、学校や会社という枠の中では、大きなハンディーになるのではなかろうか。 これから社会へ出て行く若い世代だけでなく、いま人生の過渡期を迎えている、団塊の世代についても同様だ。 コンピューターとインターネットの操作能力は、仕事をする上での最低条件となる日が近い。 どの世代に生きていても、コンピューターとインターネットの操作能力に欠けると、社会機能が難しくなる。

僕が貿易の仕事に携わりはじめた1970年代の前半には、海外との通信は、全てテレックスかケーブルで行われていた。 当時を思いおこせば、マニュアル操作のテレックスのダッダッダというハンマーリング音がとても懐かしい。 テレックスそして手動式のタイプライターがオフィス機器の最新技術を代表していた時代だ。 70年代も半ばになると、カシオが小型の電卓を5000円位の価格で上市。 時代は、電卓一人一台の時代に突入した。 僕は友人を通じて、電卓を社員価格で、続いてオリベッティの一番安いクラスの電動タイプライターを10万円の価格で購入。 当時24才、僕はこの時、先端技術の事務機器を手にして、得意でならなかった。 ゼロックスのコピーマシン一台がタタミ二畳ほどの大きさで、僕が貰っていた月給が12万円そこそこだった時代の話だ。

僕の勤める会社にファックスが導入されたのは、たしか1979年の頃であった。 サイズは現代のそれからは想像もつかないほど大きく、畳一畳ほどの場所をとり、高さは1mほどあった。 当時このファックスの機械は一台700万円と高かったので、所有していた会社は限られていて、それも海外との仕事をメインとするところが殆どであった。 この時代、カメラ業界にいた僕は、取引先のポラロイドやアメリカの代理店との間での通信に便利な思いをした。 ファックスマシンは、タイプ文などに図面を添付して発信することを可能にしてくれた。 テレックスの時代には想像もつかなかったほどまでに、事務効率が伸びたわけだ。

コンピューターにしても、シアトルで会社を興した1985年に、初期モデルのマックを購入した。 たったの20メガバイトといった小さな能力だった。 パワーアップする為に、やはり20メガバイトのエクスターナルドライブも購入。 ソフトウエアーも含めて、この時の投資は6千ドル近かかったことを思い出す。 アップル社とマッキントッシュ社がいっしょになった翌年のことであった。それがどうであろうか、90年代も半ばに入ると、数多くのソフト付で、メガでなくギガバイト以上の能力を持ち、ペンティアムドライブが取り組まれているハイスピードの機種が、なんと1千ドルほどで買い求めることができる様になったのだ。 10年前とは比較にもならないくらい格安になった。それだけ量産されることになったのだろう。 今は、まさにコンピューターは、家庭に最低でも一台、といっても過言でないほどまでに普及してきているのに違いない。

コンピューターの能力や性能に正比例して価格が下がり、僕の住むアメリカでは、会社関係はもとより、一般市民の間でもコンピューターが完全普及し、事務通信はインターネットが定着してきている。 手紙、写真、カタログ等の管理や事務処理のみならず、インターネットは、情報ハイウエイとして世界中のどことでも、アクセスすること可能にしてくれた。 これは、一般化した汎用技術としては、他に類を見ないほど画期的な出来事である。今はまだまだファックスも使われてはいるが、僕の会社では、インターネット7割に対してファックスは3割の比だ。 あと一年もすれば、その比率は9対1ほどに変わるであろう。

企業間のインターネット化では、アメリカとの比較で日本は未だ遅れをとっているが、キャッチアップすることは時間の問題。 読み書きや算盤が出来ることが、学生や社会人としては当然の能力といったことや、英文タイプが出来ることが一つの有利な資格であった時代はそう昔のことではない。 しかし、これからの時代では、パソコンやそれにともなうインターネットの操作が、文字の読み書きと同程度の最低能力となることであろう。

また、そうならなくとも、入社してからの競争では、学生時代にコンピューターの取り扱い方を身につけた新入社員と、そうでない新入社員との間で、与えられるプロジェクトに大きな差がでてくることは歴然としている。 操作能力があって当然、特種なプログラムででもない限り、企業が社員に対して、コンピューターの基礎トレイニングを施すとは考えられないからだ。 また、あと4―5年もすると、入社の採用判断基準として、コンピューターの能力に、採用対象者の意欲の程を測る会社も出現するかもしれない。 小さい乍ら、僕の会社では、既に自らコンピューターに立ち向かっているくらいの人でないと、採用の対象とならない。 それによって、前向きであるか否か、意欲のレベルや知的関心度が判断できると信じているからだ。

コンピューターはもとより、インターネットに関しての知識や興味がないと、その重要性の認識に大きく欠けることがある。 “必要ない”、親本人がコンピューターに関する理解が少ないので、早い時期に息子や娘たちに親しませなければならない、という気持ちがおこらないケースがある。 子供たちだけにでもコンピューターをしっかりと、という気持ちがおこらないのだ。 塾や受験勉強には躍起になっているのに、これではチグハグといえる。そういう家庭の子供たちが、学校でも会社社会でも、ハンディーを背負うことにならなければよいのだが。

現在50歳前後の世代が大学を卒業した頃、テレックスをたたいて海外と交信する貿易の仕事が、ある意味でひとつのステイタス(?)という時期があった。 むしろ、それを誇りにさえ思っていた社員たちが、存在していたくらいだ。 団塊の世代に多い。ところが、今年50才前後のこの世代には、時代の先端技術に追いつけず、パソコンやインターネットを駆使するどころか、ワープロさえ使えない人達が数多くいると聞く。 管理職にあって、仕事を部下に任す立場にあるならば問題は無い(?)しれない。 然し、行き詰まった経済環境にあって“社内の役立たず”化しなければ良いと、同じく団塊の世代に属する僕は心配をしてしまう。 産業革命後に、過去の技術に胡座をかいて退化した英国の産業が、僕と同年代の彼等とオーバーラップして目に写る。今もつ設備や技術を、絶大なもの単純に信じ込み、将来に向けての技術革新を怠った米国の自動車業界は、1970年代には日本製の自動車を小馬鹿にしていたものの、80年代に入ると大打撃を受けることになった。これも同じことではなかろうか。

五年前にベストセラーとなったサミュエルウルフマンの“青春の詩”に“青春とは年の数をいうのでなく、、、”、とあったが、実際は知的好奇心を失った時に人間は老いるのであろう。 生活とは、生きて活きることだ。 それは肉体だけでなく、精神的にも同じことがいえる。 肉体が生きて活き、精神も生きて活きることによって、はじめて若さを保つことも可能となるのではなかろうか。 コンピューターやインターネットは、人生にとっては爪先の垢ほどの重要度もないことだろうし、哲学的な次元では、もっと大切なこともある。 だから、誇り高きマイノリティーになることも吝かではなかろう。 然し、好むと好まざるに関わらず、コンピューターやインターネットがコミュニケイションの手段として定着しつつあることは、紛れもない現実だ。 目を逸らさずに、立ち向かうことも必要なのではなかろうか。 “コンピューターやインターネットの得意な若い連中が他にいるんだから、何も部長職の僕がやらなくとも、、、” と言いそうな友人の声が僕の頭の中に響いている。 まあ、それは本人自身のチョイスであるし、きっとその通りであろう。 僕がとやかく言う事でもない。 然し、少なくとも子供たちにはチャンスを与えるべきであろう。 実はそれが言いたくてこの文を書いている。 第一線から去って行く世代と、第一線にこれから入って行く世代の違いがそこにあるからだ。

今の僕には、まだまだやらなければならないる事や学ぶべきことが多い。僕は、第一線に踏みとどまろうとしているのかもしれない、イヤ、寧ろ個人業の様な仕事だから、第一線で神経を張っていることが自分自身のアイデンティティーなのであろう。 だから、そんな親をもった我が家の15才の息子は、コンピューターを8歳の頃から始めて、今ではマックを卒業して最新のPCに馴染んでいる。 朝起きてはネット、学校から戻ってもまたネット、そして夜はネットしてから寝床! 勿論、ネットとはインターネットのこと。 学校の宿題等は、全てコンピューターを使ってこなしている。 それはクラスメイトについても、同じだ。

こちらの公立学校では、15年ほど前には、アップルのコンピューターを導入して小学生たちに教えていた。 IBM互換性のPCを採用した学校は少なかった。 MS DOSは小学生には複雑過ぎるとの判断があったのかもしれない。 然し、ウインドウズ95が発売されてからというもの、システムが毎年の様に変わるマックは敬遠される様になり、ソフトにしても関連機器にしても、豊富で格安なPCの売れ行きが、マックにに対して更に大きな距離をつける様になった。 今年はウィンドウズ97が発売される予定。 PCがより扱い易くなる。 楽しみだ。

1/30/97

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