ボスは迷文家シリーズ


Vol.15

働きアリたちの賛歌

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働きアリたちの賛歌

東京の空を妖怪が徘徊している。人々は恐れおののき目立つまいとして、黒っぽいスーツに身を固め群衆の中へ同化していく・・・。黒っぽいスーツであたり全体までが真っ黒くなった。右をむいても真っ黒けのけ、左をむいて真っ黒けのけ、誰も同じに真っ黒けのけ。

同化しちゃうなんて、どう考えたってどうかしているヨ。ちょっと変ダよナァ。うん、僕も同感だ。自分でもわかってる。何てったって高校にかけて真っ黒の学制服で通してきたんだ。今さらダーク・スーツで似たものごっこをするなんて朝飯まえ。朝飯といえばほら、巣鴨の駅前そばでズルズル・ピチャピチャ、毎日決まったスケジュールどおりで難なくこなして山手線。7時半のラッシュアワーの電車の中なんか真っ黒姿でびっしり詰まって真っ黒けのけ! おしゃれな背広なんかだと似合わない、だから僕まで真っ黒よ、とTPOを気にする若者も言っていた。みんな顔つきまでが同じだ。俺はモデルみたいな顔をしているからモテルと思っていたって、はたから見たら見分けすらつかない。

日本人は働きバチなんていわれるけど、本当は、働きアリの間違いじゃないかな。いつもの時刻に家を出て、いつもの道を駅まで歩き、私鉄、地下鉄乗り換えて、これまたいつものビルの中。雲の上から見下ろしたら、東京は巨大な蟻の巣に違いない。毎朝、ぎゅうぎゅう詰の山手線で辛抱したり地下道を電車の乗り換えに急ぐ姿は、会社という女王アリにひたすら尽くす働きアリがトンネルを移動する姿にそっくりなんだから。

スシ詰め状態ってこういうことを言うのか? 狭い車内でぐじゃぐじゃになるほどひしめきあいながら、みんな、押ずしよろしくだまりこくって、さあ、どこからでも食べて下さいと言っているようなもんだ。そうなると働きアリたちは唖ずしか? 妖怪は働きアリたちの特性をよくわかっているから、山手線や地下鉄が蟻酸でムンムンしてくるのを、じっとまっている。ポマードはギラギラピカピカ、胃からは宿酔のアルコールが消化不良のクサヤの香りとともに大逆流、ゲー、歯茎には詰まりにたまった食べかすが腐臭を放ち、おまけに肺からニコチンがむくむくときたもんだ。そんな通勤アリたちが、蟻酸で自家中毒をおこし、表情が能面みたいに化学変化していくのを、妖怪たちは手ぐすねひいてまちかまえているんだ。

能面化した働きアリたちがビルの中に消え去ると、妖怪たちの一日の仕事も終わる。あとは、仲間たちと一杯ひっかけてからキャリオキにでも行こう!というのが定石となっている。

さあ、スイッチON。アンプがぴかぴか点滅して、キャリオキ・タイムのはじまりだ!タバコに煙るステージに上がった一匹目の妖怪は、四十代も後半? ぷっくり突き出たお腹には、たまりに溜めた脂肪、酒、ニコチンそしてストレスがつまっている。彼の名誉を無視してデバラさんとよぶ。リクエスト曲は、石川さゆりの津軽海峡冬景色。上野駅を離れた上野発の夜行列車が田端駅を通過して十条に向かう、青森駅はまだ遠い・・・。埼玉県も大宮あたりに近づくころには自己陶酔の境地にはいる。歌は夜汽車とともに進み、デバラは哀しい一人旅にしみじみ感じいる。そこへいくと仲間の妖怪たちときたら、お前、太っているから声がいいよな、なんてはやしながら、しっかりデバラを無視している。次に何をうたおうか、今日はデュエットでいこうかと、曲探しに余念がない。ああ、そんな思惑をよそに、スピーカーからはエコーばっちりのデバラさゆりの歌がこれでもかと吹き出して、ゆらゆらと東京の空に吸い込まれていく。それはあたかも耳に残る海鳴りのようだ。

結局、みんな独りなんだ。デバラにとって自分の歌声だけが友達というわけか。こんなふうにでもしないと、精神のバランスがどれないんだろう。でも、寂しくなんかない。結構ハッピーなんだ、それがキャリオキだよ。

妖怪達の宴はあちこちでたけなわをむかえる。高輪の空でもタケナワなんて、まずいシャレ言ってごめん。ほら、あっちの空は池袋、いや、やっぱり銀座や新橋界隈がおススメだ、なんてはしゃいでいると、時の経つのは早いもの、もう終電の時刻じゃないか。最近はバブルがどうのこうのって、タクシーチケットも出やしない。さあ、帰ろうぜ、デバラ、明日は高島平で仕事でね。えっ、あの有名なアリ塚のある、、。うん、下赤塚はアリンコの宝庫だったね、まあ、がんばれよな。働きアリたちが残業を終えて街にくりだすころにもなると、一匹一匹と、妖怪たちは巣にかえってゆく。

誰だって子供のころは、心の赴くままにに遊んだり、求めたり、泣いたり、喜んだり、怒ったり、悲しんだりしたはずだ。それが年を重ねるにつれて、分別がつき、社会の枠の中で目立たずに生きるコツを身につけていくようになってくる。心の中を見せないように、感情を出さないように。ところがこのキャリオキのおかげで、今まで忘れていた表情を取り戻せるようになったのだ。キャリオキは能面のような精神へのカンフル剤なのかもしれない。

遊びたいと思っても遊べない。ワンパターンのゴルフ以外には、遊び方すら知らないのだ。自己抑制という一種のユニフォームがぬげないでいる。恥ずかしがらずに他人の前で泣けるか? 子供のときには誰もがもっていたはづの自由で無限な精神は、いまやユニフォームでがちがちに縛りつけられてしまった。それが何だか、キャリオキのマイクを握ったとたんに、一枚一枚はがれていくみたい。しかもありがたいことに、みんなで一緒ときたもんだ。赤信号、みんなでわたればこわくない。キャリオーキも、みんなで歌えばこわくない。

みんなと同じことを一緒にして、ワイワイガヤガヤしているのが安心なのだ。オンチでもいい、逞しく育ってほしい、どうせみんな聞いていないんだから。歌声だけが友達さ、とばかり、思わず心が溶けて、表情がちらりと顔を出す。

仲間と同じことを同じようにしていないと、本人も不安なのだろうが、まわりの人間だって不安になるのだ。だって、いつだって横並びの中で育ってきたのだから。異分子は昼食にも誘われない。もちろんキャリオキにも加われない。そうなると、不安がこうじて、情緒のバランスを崩してしまうことだってあるのだ。

一人の人間の生き方は他人が決めることではないが、実際、他人の目がこわくて仲間と違ったことができないでいる。主婦だから、母だから、歳だから、会社の管理職だからと、理由を並べ立ててみて、結局は他人の見た自分をつくりあげている。でも、それぞれの立場に自分をあてはめていれば、とりあえず、社会のどこかに所属できるし、仲間ができるのだ。これが安心権というものなら、日本国憲法で保証してもらわなけりゃならない。

しかし、自己表現できないための欲求不満は、潜在意識の底にいつまでもくすぶりつづける。だから、キャリオキに足を運ぶのだ。自分の歌声は、自分を裏切ったりしない。ちょっとぐらい本心を出してみたって、安心なんだ。こんな簡単に、感情や夢をインスタントに代行してくれる装置はちょっとほかには見当たらないだろう。何しろ、北酒場で酒を飲み、ちょっとイスタンブールまで行って、蒼い珊瑚礁でのんびりしたあとは、“銀恋”でカワユイさんとデュエットできるんだから。

灰色の空はどんよりと黒ずみ、そこにはネオンが光を放ちはじめる。妖怪たちの宴のあとを、今度は働きアリだちが利用する番だ。街は24時間営業。ニ交代のフル回転。他人のうわさに上司の悪口、酒の肴にゃ事欠かかない。もちろん勉強だってちゃんとしている、だから経済問題だってへっちゃらだ。円高問題に貿易摩擦、そうそうオウムも忘れちゃいけない。これがハタラキアリのインテリジェンスってもんだろう。そこまで言い切るなら質問一つ、何故、為替を間違いなく予み間違えるの? 何?それって、二重否定の質問?イヤ、違う、“間違いなく”は副詞です・・・。ハイ、お酒の肴は、あぶったイカだけでなく、円高問題もそうだし、英語の文法にもいたります。これに話題がセックスなんかにでも移ったら、週刊誌だってかなわない。ポストよ、現代よ、それに夕刊フジよ、束になってかかってこい!

この、酒とキャリオキにまみれたブレーン・ストーミングには、本場アメリカのビジネスマンも戦々恐々。東方のニッポニーズ達に差をつけられてはならない! 反省のすえ、有楽町の駅で集合し、ガード下で一杯ひっかけてから、銀座方面にキャリオキ・ツアーに出かける日もそう遠くないであろう。ああ、こわいこわい。

なかなか眠りに入れないデバラは働きアリたちを観察している。あいつら、まさか俺の“津軽海峡”に手を出しているんじゃないだろうな。あっ、おい、それは俺の夜行列車だぞ。くそっ!赤羽あたりでおりちまえ、エコーなんかきかせやがって、こらやめろ!スクリーンには上野駅を離れた上野発の夜行列車が鶯谷方面に向かってゆっくりと走り始めている。妖怪デバラの心は口惜しい気持ちでいっぱいだった。こんなことじゃ、今晩、眠れりゃしねーじゃねーか。

有楽町は阪急デパート裏の数寄屋通りに面して泰明公園がある。夜もふけた公園近くのキャリオキ・クラブ・エメロードでは、最後の曲“メモリー”が終わろうとしていた。我らの働きアリたちの表情も溶けきって、キャリオキ効果絶大といったところか。キャリオキよありがとう! おまえほど、僕達の心を理解して陶酔させてくれるものは他にいない。キスもしてくれない女房より、唇にそっとふれてくれるマイクの方が慕わしい。ありがとう、ありがとう。大喝采のなかの“ありがとう”の言葉は今は亡き司会者、メガネをかけた玉置宏の“ありがとう”のようでもあった。夜も遅いクラブをあとにして、十匹の蟻たちも繰りかえす、ありがとう、アリがとう、蟻が十、イヤ、有難う。いつまでも君をはなさないぞ、だからいいだろう? 何がいいの? ちゃあんと教えてよ、中山さん?(ナー、加山と読んで欲しい)、今宵も、陽が暮れて時は去り行くとも、ふたりの思いは変わらないいつまでも・・・。

最終電車に乗りそこなったアリたちが歩くなんてアリ徒歩な話し。アテンション!読み方に困っている人々、“かち”と読みなさい。そういう読み方もアリうる、うん。ばか、分かったようにうなずくんじゃない! アリャー、今夜はアリ金をすっかり使い果たしてしまった!タクシー代がない!だからアリーて帰ろ、なんてこともアリうるのだろうか。深夜に眠らない街で、働きアリ達にとって一番しあわせなひと時がいま幕を閉じようとしていた。

一丁先からは、中学の音楽の時間に習った賛歌が聞こえてくる、アーリラン、アリラン、アーラーリーヨ・・・。ぼくらも参加して歌おうか。そんなことをして酸化したら困るよ、でもいいんじゃない?もう僕らの胃酸はグロンサンで発散だ!十匹のアリたちも合唱に声をあわせた。アーリラン、アーリラン、、。

寝込みに怒りは禁物!昨年あの世を去ったやさしい母の言葉はデバラを眠りに導いていた。眠りは夢をさそい、夢はデバラを韓国へとさそう、アーラーリーヨ。韓国の空へ単身赴任だ、ああ、キムチの臭いがヨヨイのヨイ、デバラのキモチもヨヨイのヨイ。夢みるデバラにも届けといわんばかりに歌声はつづく、アーリラン、アーリラン、アーラーリーヨ、、。

さまざまな思いが空に昇っていく。感情がついたり消えたり、ネオンサインのようにまたたきながら、闇に溶けていく。働きアリさん、今日もお疲れさまでした。明日も元気でいい仕事をしてください。

注釈:キャリオキとはカラオケのこと。アメリカ人には、カ・ラ・オ・ケと発音ができない。

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