ボスは迷文家 シリーズ


Vol.32

公共の場での禁煙の徹底


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インターネットの読売新聞1998年1月10日朝刊で次の記事を見つけた。 【マニラ9日=長谷川由紀】フィリピンのマニラ空港で八日午後、禁煙指定エリアの入国審査場でたばこ を吸った日本人男性が、出入国管理局職員からの注意を無視して吸い続けたため、入国を拒否された。 この男性は、バンコクからのタイ航空便で到着し、 入国審査の列に並んでいる際、たばこを吸い始めた。 職員が禁煙区域であることを説明し、たばこを消すよう求めたのに、逆に抗議するなどしたため、 入国を拒否され、とんぼ返りでバンコクに戻ったという。 同国の入管法は「迷惑な行動をする外国人の入国は拒否できる」と規定しているが、 喫煙を理由に入国を拒否した事例は初めて。 (1月10日1:04)

米国では禁煙条例や喫煙マナーがきちんと行き届いている。 ただし、アメリカで見かける日本人を省いてではあるが、、。 喫煙場所であっても、周りに禁煙者がいれば米国人は煙草を遠慮することが多い。 頭脳労働者であればある程そして管理職であればある程そうだ。 他人の家を訪問しても、車の中であってもオーナーの許可を得なければ煙草を吸わない。 たとえそこが禁煙の規制がない場所であっても、アメリカ人は喫煙マナーをしっかりと守る。 反面、日本の喫煙者は、頭脳労働者も含めて、ところ構わずに煙草を吸う。 僕がシカごに住んでいた頃の話。 米取引先の禁煙事務所の中で煙草に点火してから、灰皿を催促する大手商社の駐在員がいた。 これは実際に僕の目の前でおこったことだ。 僕が喫煙者であることを知りつつも、僕の車で待つあいだ、 車内をニコチンの臭いだらけにした日本人もいた。 日本人はどうして煙害迷惑があるとことを分かっていながらも、自分勝手に喫煙をするのだろうか。 そんな人たちに限って、他人を非難したりするのだから、僕には彼等のもつ思考回路が理解できない、 と言いたいところだが、実際には自己制御ができない、即、大人になっても直らない自分勝手な性格 (未成熟)が全てに出ているのであろう。

無駄な抵抗であることは分かってはいるが、日本出張中に僕は無礼な喫煙を度々注意することがある。 喧嘩覚悟の上だが、殆どの東京の人間にそんな根性はない。 勿論、禁煙場所で吸っている喫煙者に対してである。 上越新幹線の禁煙車両でのこと、平日の午前十時頃とあって車内はガラガラ。 僕の他には、ゴルフ場へ向かうと思われる会社員風のグループ十人余りが、前列に座っていただけだった。 列車が上野駅を離れてしばらくすると、一人二人と喫煙をはじめ、最後には仲間の半数が吸い始めた。 僕は彼らに注意をしたが止めなかったので、車掌に禁煙を徹底するように頼んだ。 ところがその時の車掌の対応は、彼等に注意を促すどころか、 空いているのだからと言って僕に席を移るように促したのだ。十年ほど前の話。 ドイツ国内でケルンからフランクフルトに向かってライン川沿いを列車で移動していた時のこと 。僕が乗る禁煙車両で、日本人と思わしき数人が吸い始め、 ドイツ人の車掌がそれを見つけると毅然とした態度で喫煙を止めさせるという場面に出会った。 日本人車掌のいい加減さと、ドイツ人車掌の徹底ぶりの差を垣間見た気がした。

この度のマニラ空港での出来事も、ドイツでの僕の経験に似ている。 空港の職員の処置に喝采を送りたい。 日本でも公共サービスに携わる職員がこの様に徹底してくれたら、 煙草を吸わない人たちは、不快な思いをしないので済むのだが。 公共サービスの職員は意識が低いのでは?と疑いたくなるほど、 徹底されることがない。日本人は、フィリッピンを後進国と見、 フィリッピン人を見下したりしているが、この度の出来事を見る限り、 意識の程度は、フィリッピン人の方が日本人のそれよりも数倍高い。 シンガポールにしてみても、公共の場でのゴミや煙草の吸い殻の投げ捨て、 そして立ち小便が厳しく取り締まられているのだから、 先進国である日本の公共の場でのマナー度は、かなり遅れているのであろう。

米国に住む僕は、シアトル市郊外のベルビュー市にあるTaste of Tokyoレストランで 食事をすることが多い。ここのレストランは全館禁煙なのだ。他の日本食レストランは、 空調も行き届いていないくせに喫煙を許すので、煙草を嫌う僕にとっては不快でならない 。あるレストランで寿司バーに座り食事をしていた時のこと 。隣りに座った人から、度々僕の方に向けて煙を吐き出されたことがあった。 自分の話し相手に煙りをはき出すことを避ける為に、 顔を相手から反対側にいる僕の方に向けるのだ。結果、 吐き出された煙はゲタに置かれている僕の寿司を巻き込んで、 僕の顔の周りで漂う。勿論、レストランはそういった事を注意しない。 何故ならば、喫煙レストランでは喫煙者の正義がまかり通っているのからだ。 煙を不愉快に思う方が悪いのだろう。不愉快でならなかった。 以前、作家の村上春樹氏と安西水丸氏が、 すし屋で煙草を吸うくらい無粋なことはない、 と対談している内容を単行本のインサートで読んだことがある。 煙草の煙は横で食事をしている人々を不快にするだけでなく、 ネタ・ケースに廻り込む煙はネタの表面さえも煙害につつむ。

Taste of Tokyoレストランでも問題がないこともない。 日本人の喫煙者は建物の中で喫煙出来ないので、一つしかない入り口のすぐ外で喫煙をする。 それも友人同士二〜三人で屯して狼煙をあげているのだ。 これがまた不快である。ここのレストランのみならず、 日本食を好むくらいのアメリカ人の殆どは禁煙者ばかりである。 Taste of Tokyoの場合、九割方の客は日本人を含めて禁煙者である。 ところが煙が迷惑であるという意識を持たない数人の日本人が入り口の外で屯ろして モクモクと煙をあげている為に、大多数の客は不快な思いをしながら建物の中に入ら なければならない。これはレストランのオーナーにとってみても、 どうしようもないことであろう。喫煙者が精神的に成熟するまでは、 煙を嫌う我々は厭な思いをしなければならないのであろうか、、、。 早くカリフォルニア州の様に、ワシントン州も全レストランを禁煙にして欲しい。

January 9, 1980

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