ボスは迷文家シリーズ |
良いBARとは?良い店とは?
職人意識プロ意識
東京で、僕はカウンターに座ってかすかに流れるスタンダードジャズのメロディーに酔いながらワインを なめるように飲むことが時々ある。カウンターだけのバー。バーテンダーは紳士で無駄口や軽口をたたか ない。それでいて客が話し掛けた時には慇懃無礼とか無口ということもない。当然、客同士の会話に無理 矢理わけいって、その流れを変えることもなければ、その会話をチャラ化すこともない。店構えも雰囲気 も、バーテンダーの接客態度一つによって、その深みと味の程度が変わる。しかし、東京には行って安心できるBARが少ない。そんな中での僕のお勧めは、お茶の水駅から歩いて 5分ほどの距離にある山の上ホテル内にあるBar。隣りの天婦羅レストランは最上級の天婦羅をあげる。 ただし、ランチでひとり5000円かかるので、夜の場合は要注意。
このホテルの天婦羅もカウンターで食す。となりのBarもさる事ながら、この天婦羅の店のカウンター でも同じ事。どんなに顔馴染みになっていても、客同士の会話がある時、また客が求めていない時には無 駄口をたたかない。客がカウンターに座る時には、そこのバーテンダーとの会話を楽しみにくる場合もあ るが、客同士での食事を交えての会話のこともある。更には一人で、読書をしている場合もある。プロと は、どんな場合でも、客の様子を察して、近づかず、離れずの距離に身をおいて接客すべきである。しかし、 それができる店が少ない。
僕はシアトルの寿司職人を怒鳴り倒したことが一度あった。今は無くなったレストランでのことだが、大切 な客連れで寿司カウンターに座った時のこと。酒をいっぱいやりはじめてから、職人が僕の客に色々と質問 をしはじめた。「どちらから、、?」にはじまった、「何処の会社ですか?」、「そこで何をやっていらっ しゃるのですか?」、延々と続き、隣に座す僕は余り詮索ばかりするな!とむかついてきた。彼の退屈を 紛らわせる為にこの客を連れてきたわけではない。そこいらへんを全くわきまえていなかった。そして僕が の怒りが頂点に達したのは、この軽薄な寿司職人が「そうですか、そんなに御商売が大変ならば倒産さ せればいいじゃないですか」と軽口をたたいた時だった。口は災いの元というが、潤滑油がついたこの男の 口は自分自身のエンターテイメントの為に、我々の仕事の話を中断させ、その上、何とか会社を維持させよ うと苦しんでいる人間に向かって、言い手だけが楽しい軽口を叩いたのだ。僕は、客を立たせその店をすぐ に後にした。僕は、せっかく楽しくなる筈の夜の付き合いだったものが、馬鹿な職人の為に台無しにされて しまったことを謝罪した。翌日、彼の兄気分が僕の事務所に謝罪にきたが、僕にとってこの店はこの日が最 後となった。長年行きつけた店だっただけに残念であった。この寿司職人は、職人仲間相手と客との見境も つかずに接客をしていたのだ。
客の会話の中に強引に入って、その会話を中断させてバーテンダーが話したくて仕方のない会話に変えて しまう店がある。客同士の会話をカウンター内で聞いていて、そこにチャラカシを入れる店もある。それが 許される場合とそうでない場合の判断がつかず、常連の客はチャラカシを入れても許されると勘違いをして いるのだ。孔子は、これを「女子と小人は養いがたし」と表現した。
僕には孔子様のように女性のことを一般論で語ることができないので、ここでは小人ということで説明を する。小人とは未熟者という意味。近づくことを許すと、すぐに礼節を忘れて無礼が親しみの表現と勘違 いする。それが嫌で遠ざけると、小人からは怨みとヤッカミがでる。
僕はこの小人からの無礼を受けることが多々ある。一度は、僕に向かっての無礼な発言が僕との親しみの 表現であると勘違いした男からある人間関係を壊されたことがあった。この時いらい、僕は親しみの表現 としてのチャラカシや無礼発言に対して敏感になっていて、それを無神経に出す人間には近づかないよう にしている。だから一人の時は、寿司屋やバーでカウンターに座っても、客や連れがいっしょの場合には テーブルにすることが多い。
その店のカウンターで働くバーテンダーたちにプロ意識がなく、無神経に客同士の会話に入ってきて常連 である僕をオチャラカスことの多い店には、他の人がいっしょの場合は行かないようにしているが、行った 場合にはテーブルに座るようにしている。連れの重要度を察しもせずに軽口が出る店に連れといっしょに カウンターに座ることはできない。どうしても客の話に入り込まない店を選ぶようになる。
客は、食事や酒のみならず雰囲気を楽しむ為にバーや店に入る。その客に最高に楽しんでもらう為に店の 者たちは雰囲気を盛り上げるべきだと思うのだが、どうして客の会話にまで土足で入って話の流れを変え たり、客同士の会話に中断を入れるのだろうか。やはり意識の問題であろう。
アメリカ人たちは大人の会話中に子が入り込んできてそれを中断させようとすると、会話が終わるまで待て と叱る。他人の会話中にそれを中断させることは礼を逸していると幼い頃から教え込むのだ。ところが、日 本人の店のカウンター内の店の者たちは、重要度が低い内容の話をしたいが為に、客同士が熱中している会 話を強引に中断させることが多々ある。アメリカの子供たちよりもマナーがなっていないとしかいいようが ない。
日本には良いBARのウンチクが書かれた本が出まわっている。礼を逸した親しみだけが接客だと勘違いし ている店の者達にとっての必読書である。
おのざわショージ
March 19, 2002
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