ボスは迷文家シリーズ

ステレオタイプの不快
「悪気はないのだから、、」で許されることではない


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ステレオタイプとは「型に嵌まった」考え方である。一昔前ならばアメリカ人は日本人といえば 「フジヤマ芸者」と思っていた。この他にも色々ある。70年代のアメリカでは、日本製品と いえば「安かろう・悪かろう」であった。結果、デトロイトの自動車産業は日本製自動車の品質向上力 をみくびって、大きな打撃をうけた。日本では、「あの人はあんな立派な大学をでたのに、、 人ってわかんないもんだねえ、、」。あんな立派な大学をでたのだから、人格も立派である筈 という思い込みもステレオタイプである。テレビや新聞で目にする知識人だから模範生、、 よって人格者、、というのも立派なステレオタイプである。このステレオタイプによってかなりの 誤算をすることがある。相手を傷つけることも多い。ステレオタイプとは型に嵌めた考え方という 意味で全ての事象や現象でみられることだが、ここで、このステレオタイプが不快をよぶ話をしてみたい。

これを読んで下さっている方々の内の何人が「ジュウ」という言葉を理解されるだろうか。 Jew,そうユダヤ人という意味だが、この言葉には蔑みの意味がともなうことがある。適切な例では、 「韓国人」ではなく、「朝鮮人」という言葉にともなってくる蔑みである。ユダヤ人が自らを「I am Jew」 という場合と、他民族が「He is Jew」という場合では意味合いが異なり、かなり微妙な違いがあるので 気をつけた方がいい。僕は安全を気にして、「Jewish people」と呼んでいる.

日本マクドナルド社長の藤田田(ふじた・デン)氏。彼は自らを日本のユダヤ商人とよんでいた。 1970年代半ばのことであったと思う。ユダヤ人、即ち「商才に長けた人種」というステレオタイプに 基づいたものだ。彼にはユダヤ人が優れた商人であるという気持ちはあっても、蔑みなどは決してなかった 筈だ。己を日本のユダヤ商人とすることが、ユダヤ人をステレオタイプする、極めてPolitically Incorrect (ethnically incorrect)な発言であったことに気がつかれていなかっただけのこと。この誤りは 国際人である筈の氏の非国際性を露呈したものといえる。

中南米に行く日本人が必ず嫌な思いをさせられることがある。日本人をみると、指で両目の端をつりあげて チーノと呼ぶ人と出会うからだ。差別する為に言っているのではない。日本で「外人」と指差す 無邪気な日本人と何らかわることがない。「チーノ」とは中国人という意味だが、中南米ではそれは 「東洋人」を総称する。中南米を旅する日本人の殆どがこの言葉に不快感を示す。しかし、同じ彼等が日本 では「ガイジン」とやっているのだから何ともはやである。

「ガイジン」、この言葉に不快を 感じる日本在「ガイジン」の数は底知れない。日本10年時代、、僕の元女房は「外国人妻の会」に 所属していた「ガイジン」だったので、僕の家には頻繁に「ガイジン」が出入りしていた。だから、僕は 「ガイジン」たちが「ガイジン」と呼ばれることを嫌うことを知っていた。ぼくは中南米に行く度に 嫌な思いをさせられている。現地の人々は無邪気に言っているだけなのだが、不快でしかない。因みに 中南米で、欧米の白人はグリンゴと呼ばれている。

高度成長期の日本のビジネスマンは、頻繁に、ユダヤ商人のやり方から学んだ。学んだとはいってもユダヤ 商人の知恵などが書かれた本を読んだだけにすぎないが、当時はそれが話題となる時代だったのだ。僕の 取り引き先には「一九」(イチキュウ」という名称の会社すらあった。一と九を足せば「ジュウ」である、 だから自分の会社はユダヤ商人のやり方、即、成功をめざす、という願いがこもったものなのだ。

ユダヤ人はアインシュタインを始めとする学者や偉大な音楽家や芸術家、そしてスピルバーグのような映画 監督を産み出している。ユダヤ人、即、商人というものは彼等をステレオタイプする無礼でしかない。 どなたか時間がある方、、ノーベル賞受賞者の数を調べてその内の何人がユダヤ人か調べられたら良い。 相当数がユダヤ人である筈だ。ユダヤ人とは商人だけではないのである。「あの人はユダヤ人だから、、」 という言葉に接することが多い。へそ曲がりのぼくは「だからどうした、、?」と言いたくなる。

余談です。Baker(ベイカー=パン焼き職人)。この名前は、アメリカに逃げてきたユダヤ人 たちのへブリュー後の名前が聞き辛いので、エリス・アイランドでの米国への入国の時、移民係官たちは 終戦と同時にドイツから移民してくるユダヤ人の職業をそのまま彼等の新しいアメリカ名とした。そんな 乱暴なことをやっていたそうだ。ぼくは、この話をBakerさんから教えられた。

「うちの主人は自分のことをジュウイチと呼んでいるのです」、ビジネス夕食に出席された英語のできる 日本人奥さんの口から出た言葉であった。ジュウイチとはジュウの次に来る「11」である。「11」は 「10」よりも上の数値だ。この表現は「ジュウ」よりも上である、という意味で、Jewに優ることを 言わんとしている。本人は、ジュウはすごい、主人はジュウを崇めている、、という好意で言った ものなのだが、ユダヤ商人が話題にもなっていない場での突然の発言。取り引き相手は、微笑んではいた が、その口の中では He must have been biting his tongue だったであろう。彼女のご主人は、会食前に 奥さんに向かって、相手はユダヤ人だ、、俺はジュウイチだ、、というような会話をしていたに違いなかっ た。ユダヤ人ということを特に強調した会話がなされていたのであろう。それも商才というステレオタイプ で、、。「ガイジン」慣れした日本的国際人のレベレとは所詮この程度なのである。

僕は、日本でサラリーマンをやっていた頃、上司や同僚たちの口から、「相手はクイチさん (9+1=10=十=Jew)だから気をつけたほうがいい」と頻繁に言われ続けた。当時の日本ビジネスマンは、 ユダヤとは商才に長けているので、気をつけないと骨までしゃぶられてしまう、とステレオタイプしてい たのである。そんな中での「ジュウイチ」。それは「俺はユダヤ人に優る商人である」という豪語なのであ る。これもステレオタイプの上に成り立っているものといえる。

僕には多くのユダヤ人の友人がいる。その中のひとりが日本のビジネスマンと親しくなった。もう何年も 前のことだが、日本で商談が終わってから食事。お酒の席で、友人と親しくなったつもりの日本ビジネス マンは彼にアドバイスをした。「あなたは誰それとビジネスをやられるようだが、彼はユダヤ人なので 商売をするんだったら気をつけた方がいい」。この言葉に彼はショックをうけた。自分もユダヤ人という ことは敢えていわず、だまって唇を噛んだ(英語ではBite my tongue = 舌を噛む)。言い手は 彼がユダヤ人であったことを知らなかった。何故ならば、ユダヤ人は鼻が大きい(ステレオタイプ)筈 なのに、この人は英国人のように(ステレオタイプ)細身でスッキリした鼻立ちだったからだ。

因みに、僕もステレオタイプが大の得意です。お互いにステレオタイプには気をつけましょう!

2002年09月14日

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