ボスは迷文家シリーズ |
丁寧語の乱用![]()
マイフェアーレイディ−(私の貴婦人)の舞台を観た。ストーリーは、ロンドン下町の花売り娘イライザが喋る低レベルな英語を上流階級でも通用する英語に変えていく過程を描いたもの。この映画を観ながら僕はあることを感じていた。それは日本語における丁寧語の乱用だ。
どんなに飾られていても、言葉の使い方ひとつで、喋り手の生活環境や知的水準を知ることができる。小学生には、小学生の、そして高校生には高校生の話し方がある様に、社会人の話し方にもその人の環境が写しだされる。マイフェアーレイディ−の中のイライザも、ロンドンは低所得階級の住人たちの無教養な言葉遣いをする。
社会的な立場が向上するに従って言葉遣いも向上するのだが、そうでない人たちは、言葉使いもその人の最終学歴や社会的な地位で止まることが一般的だ。 丁寧語は、無礼のない様に気を配って乱用される場合と、話し手が品性を顕示する為に乱用される場合がある。 後者の場合、第一線で活躍する人の間では見られることではないが、そうでない人たちが心理的劣性を粉飾(劣等感の裏返し)する為に丁寧ことばを乱用することが多い。言葉は喋り手の心理の描写だ。
一番ポピュラーな乱用は、頭に"御"をつけた言葉。 "お刺し身"や"お休み"あたりは問題ないが、"お天婦羅"とか"お欠伸(あくび)"となると頭をかしげてしまう。 何にでも"お"を付けてて許されることはないのだ。 "お飛行機"とは言わないし、 "お鮨"とは言っても"おラーメン"とも言わない。"お正月"と言うから、 "お紀元節"が良いこともない。丁寧語は難しい。
本来ならば"お"をつけずに、"金を下さい"であるべきだが、"お"をつけて"お金"としないと、乱暴に聞こえる。"先輩、お金を貸して、、"、"お母さん、お金、、"、"君、このお金を" この様にどんなシチュエーションでも"お"が付けられても問題がない言い方もあれば、"お箸がない"でも"箸がない"の例の様に、何れの場合でも許されることもある。 "めし"といわずに"はん"に"御"をつけて"ご飯"で定着。丁寧言葉にはルールがなく曖昧だ。その分乱用されることとなる。
"御"には、神、上、天皇から賜った、という意味があり、伏せて上を崇める慣習を表現している。 しかし、言葉には韻があるので、何にでも"お"をつけると耳障りが悪くなる。それが許されるのだったら、全ての名詞、動詞、形容詞に最初から"お"をつければ良いことになるのだが、そんなことをしても現実的でないし、ただ辞典が使いづらくなるだけだ。
成り金奥様方の丁寧言葉にいたっては滑稽で、それをまじめに真似た庶民が言うと咄嗟に"ばか!"と反応してしまうのは僕だけではあるまい。 銀座や赤坂のナイトクラブあたりだと、ホステス(上品な職業?)の"ハ〜イ、お氷(おこおり)"なんてのもある。もうここまでくると、"お"をつけることで、逆に喋り手の無教養や品性の低さをさらけ出していることになる。
とんでもない丁寧語の使い手たちにとっては、助詞や副詞をデタラメに使ったり、動名詞と動詞を併せて使用したり、重複した言葉を使うことなんてこともお手のもの。気にもとめない。何でもあり。 まるでジャッキー・チェンの香港映画のようだ。
丁寧言葉で終始一貫お喋りになるお方は間違いをおかされないのですが、部分的にご丁寧にお喋りになるお人たちはご本人の品度や教養度をより高く顕示する為にそういうお話のされ方をされるからか、そのお方のお心奥底の心理の描写をお表してになることが多いですね。気取りが気取りになっていないから、まるで女子中学生の口紅の様。でも、可愛い中学生の場合と違って、ババーの場合はちょっとねえ、、。
マイフェアーレイディ−の中でイライザが唄う: ジャスト・ユウワイト・エンリ・イギンズ・ジャスト・ユウワイト、、、(Just you wait Henry Higgins, just you wait = 今に見てやがれ、エンリ・イギンズ野郎、思いしらせてやる、、)。 これをきちんとしたカタカナ(英語のつもり)にすると、、ジャストの代わりにプリーズ・ウエイト、、、Mr.ヘンリー・ヒギンズ、、。 どうか少し(勉強する)時間をください、ヘンリー・ヒギンズさん。そしたら、きっと(貴方を見返してあげますから、、、)となる。
小野沢昭志 (12−28−98)