ボスは迷文家シリーズ

見えない糸
昨日触れたと思ったら今日、、


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恐ろしいほど、、
今までにも我が輩のインスピレーションはかなり何かに通じている、、と何度も思わされてきた。 一期一会の結びつきの縁のみならす、我が輩が語りで触れたことまでがいつもタイミング良く 結びつくのだ。最近は死んだ友人による取り持ちで凄い出会いをしている。昨日、僕は HPでシカゴ時代のラケットボール相手について軽く触れた。もう会うこともない男だ。 しかし僕はその彼から本日電話をもらった。何てこっちゃ! どこかで見えない糸が張巡らされている。

僕は、今までに、思いついたり思い込んだりしてきたことを実現している。 努力なんてした為しがない。これは誰にでもあることなのだが、僕の場合は はその頻度が高いのだ。

シアトルで自転車三昧の生活をしたい! 一年後に実現
湖畔に住みたい! 三年後に実現
ライターになってみたい 三年後に実現
カメラの仕事をしてみたい それも実現
友人の種類から何から全てを実現してきた。 努力は皆無である。 これは、大樹に頼らずにひとりで、それもエッジでやってきたから僕の全神経がかなり 鋭くなっているからではないかとも思う。でもそれだけではないだろう。 僕は現在の日本の状況を1996年に書いたエッセイで予測しそれに警告をだしていた。 当時の日本的知育エリートたちはそんな意見をはく僕を軽蔑し笑っただけだった。 こんなことで僕が正しかったなんて証明して喜びたくはないのだが、 現在の日本は僕の予測通りに悪くなった。

Edとは四年前に僕がシカゴに行った時に夕食をしたのが最後であった。その時に オークションでは#1の老舗であるクリスティーのワイン責任者として誘われていると いう話があった。その後、彼の友人であるシカゴの奇人マークからEdがクリスティーに 移ったときかされただけ。

Edとの出会いは僕が20年前にシカゴに移った時に僕がすぐに所属したジムでのことだった。 当時の僕は日本の商社内に事務所を借りて仕事をした。 その商社が入っているTimeLifeビルのトイメンにあるジムのメンバーになったことで 知り合ったのが彼なのであった。毎朝、7時にジムであってラケットボールで 一時間汗を流した後出勤、、というパターンをお互いの日課としていた。僕がシアトルに 移ってからは連絡をとりあうこともなかったのだが、 雑誌取材の仕事でEdから紹介されていた奇人のマークを日帰り取材した折りに Edも含めて食事をした。それが彼との最後で、後はお互いに去る者日々疎しという関係となっていた。 そんなEdのことを僕は昨日のHPで軽く触れた。そして彼から本日電話が入ったのだ。何てこっちゃ!

Edの電話は、つい最近、彼がオークション界では三大大手のひとつであるシカゴの フィリップスとかいう会社のワイン部門を買った、というんだからスゲーの一言である。 クリスティーでシコタマ儲けたのだろう。ワインのウンチクを語りそれを自慢する輩が 多いがVintageものにかけてはEdの右に出る人間はいないと思う。ワインを極めな ければ、世界最大手のオークション会社のワイン部門の責任者にはなれないだろうからね。サイトを 教えてくれましたので、興味がある方はどうぞ。http://www.eriwine.com であります。彼の オークションは、シカゴの商品取引場で行われるというのだから、これまた凄い。シカゴの 商品取引場といえばこれはシカゴの歴史そのものであるし、名所のひとつとなっていて、 世界を動かす取引場なのだ。いずれにしても、彼はワイン以外にもオートバイだとか 自転車などにも手を広げるといっていた。ヤマハの第一号エンジン他にヤマハの ビンテージオートバイを100台くらいコレクションにもっている僕の親友のジムに 教えてやんなきゃいけない。そう、この彼が東京に行った時に、僕の死んだ友人(後輩)が 彼を上野界隈のオートバイ店を案内したんだっけ。杉井君のことです。このジムという男も 独特な奴で、マウンテンバイクのパイオニアにひとり。78年に第一号を自分で製作。 Specializedというマウンテンバイク大手会社創立時に雇われて、ここの会社を伸ばす 数々のモデルを産み出した男です。僕と同い年なんだけどアインシュタインのような アタマをしているのです。それは見た目も中身も、、。話は大きくそれましたけど、 この杉井君が僕に素晴らしい出会いをさせてくれているし、、見えない糸って あるんだねえ。この糸の張巡らせ方によって一期一会の頻度が高まるんだろうなあ。

2002年7月5日

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