ボスは迷文家シリーズ |
よりよい会話のために
よりよい会話のために 焦点を話題からそらさないことが必要
国会の酷さを見てこれを書くことにしました。アメリカの教育では国語(英語)のほ かに、習得した言葉の応用の仕方をいろいろな形で教えています。ディベイとだけで はなく、自分の考えを整理して伝達する方法も含めてアメリカの教育は高度です。ア メリカ人は年少でありながらも、自分の意見をしっかりと述べる事が上手です。それ に反して、平均的な日本人は大人であっても話し方が苦手です。本来ならばディベイ となどで論理力をつけた人だけが議員となる国会ですら、討論の仕方が拙劣です。 日本人頭脳の未開発度が恥ずかしくなってしまいます。知的アメリカ友人が多い僕に してみれば隠れる穴もないので開き直るほかありません。勉強やらない留学生、 日本人村Onlyの駐在員などなど、公共マナー無視してモクモクタバコの日本人 グループなど等、こちらでは開き直らなきゃ日本人をやっていくことができないので す。
日本的会話の例
A: 自宅で使っているファックの機械は安い割にはとても性能がいい。 B: コンピューターの方が良いんだから、コンピューターがもっと普及すべきだ。
この会話の問題点が貴方におわかりになりますか? この会話のどこが悪い?と反 論が出るようでしたら貴方は合格です。ただし平均的日本人として、、。
Aさんがファックスの価格と性能について語っていたところで、 Bさんがコンピューターの良さという関連話題に話を変換させました。 二人の話の内容が異なっていることが理解できます。 Aさんはファックス価格と性能について客観的に語っているのですが、 Bさんのアタマはファックスを受けてコンピューターのことを考えています。 言葉がでてきた時にはファックスが話題であることをいっさい考えもせずに、 コンピューターが普及すべきだという主観的理想に話題を移しています。
Aさんはコンピューターの善し悪しではなくファックスについて語りたがっていたの です。この人はコンピューターの方が便利なことを既に知っているかもしれないし、 知らないかもしれない。しかし、そのことはファックスの価格と性能という話題には 直接的な関連はないのです。Aさんは焦点を絞ってファックスについて語りたいだけ なのです。
しかし、BさんはAさんが提供した話題に応えるのではなく、 関連はしているが別の話題に即座に切り替えました。 即座にというのは、ファックスに関してのBさんの意見を確認すらしないで、 という意味です。Bさんは提案された話題から反れて、 「通信道具のあるべき姿がコンピューターにある」と、 「分析」ではなく「理想」を語って反応したのです。
会議や会話そして討論のあるべき姿は次の通りです。
A: 私が使っているファックの機械は安い割にはとても性能がいい。
B: そうですね。ファックスも安くなりましたよね。コンピューターの普及 で、ファックスは性能を上げて価格を下げなければ売りにくいのでしょう。
A: コンピューターの性能はファックスの比ではありません。
B: コンピューターこそ、情報伝達手段として理想的ですね。
会話はこのように発展させるべきなのです。このような会話には飛躍も脱線もなく、 Aさんが提供した話題もきちんと終了させています。
しかし現実の会話では、 途中がスキップされることが多く冒頭の例のようになるのです。 何も生み出さないカジュアルな会話ではこれも許されるのですが、 会議などでは別です。 情報をキチンと整理して確認をとりながら進行すべきです。 同じカジュアルなEmailではなお更の事といえます。 性格、表情、声の調子、考え方も未知な人ばかりが相手ですから、 途中通過をしない会話の方が誤解をさける上でも望ましいでしょう。 相手の意見を認めた上で、その後で自分の意見を述べることが大切です。 アメリカ社会では日常会話でも常識となっていることです。
AはB、BはC,AはC,BはDでない、という条件の中で、 AはDであるというアメリカ人が頻繁にでてきます。 そんなアメリカ人を見て、日本人の多くは怒ります。 アメリカ人は無茶をいう。 AはDでないということが判っているのに、なんて奴だ!と怒ります。 ここで日本人が示した態度の奥には、 AがDでないという結論が知識として詰められているだけのことが一般的です。 論理で知っているのではないのです。 このことから、アメリカ人からAはDだというような意外な要求をされた時に タジロいでしまうのです。 AはDでない、ということを論理として身につけていれば、 論理的な反論をもするのでしょうが、 現実には、そんな反論すらアタマに浮かばずにブーたれるだけなのです。
これはアメリカ人特有の戦略なのです。 相手がアメリカ人であろうと日本人であろうと、 駄目元でこれをぶつけます。 こんなアメリカ人をケシカランとコボス日本人を僕は今までに 何人もみてきました。 この時、日本人が論理的な会話をすることに慣れていたら、 冷静に対応することができるのです。AはB、BはC,AはC,BはDでない、 だからAはDではありませんね? この論理を展開するだけでいいのです。 しかし、それが出来ないために、 過去にも日本政府はアメリカにNOと言えないで アメリカから辛酸を舐めさせられてきました。
日本人がグルになって、日本語発音が可笑しくて仕方がないと、アメリカ人青年を赤 面させている現場に居合わせたことがあります。一般のアメリカ人は、日本人の英語 発音がどんなに稚拙なものであろうと、相手の発言を理解しようとする気持ちを優先 させます。その発音を可笑しく笑う事はしません。話し手へのリスペクトを示しま す。ところが、一般的な日本人は"ガイジン"による日本語発音を面白がります。 僕はそういった点を彼等に注意したことがありますが、返ってくる応えは一様です。 この程度で喜んでいるのだからカワイイではないか、というものばかり。そのクセ、 本人の英語の発音を笑われでもすれば、彼等はオデコに青筋をたてて怒るのです。 普段から、取るに足らないことで怒り狂っている彼等をみてきている僕には、 それが想像つくのです。そんな人を何人か知っています。
アメリカ人は揚げ足とりもしません。国会で揚げ足とりが目立ちますが、 アメリカではそれをやったら会議に参加するだけの資格なしと判断されて しまいます。発言者の言っていることが理解できなかったら、頭越しに 相手をどやしつけるのではなく、「もう少し判りやすく説明してください」 とリクエストすることが会議などのやり方です。「攻撃」ではなく「会議内容」 に関心があるのなら当然そうなる筈です。国会でも酒の席でも会社の会議でも、 話題の飛躍や転換,脱線そして揚げ足とりが目立ちます。日本人は個人攻撃が 好きな人種なのでしょう。相手の性格攻撃や批判を自分なりに正当化させるの ですが、そこには論理の飛躍があるだけで論理そのものははありません。 国会という場でも同じことをやっているのですから、本当に恥ずかしくなります。
野党の議員たちに、アメリカの中学生程度のスピーチ力があったなら、 政治ももう少しましになると思います。
おのざわショージ