ボスは迷文家シリーズ |
夢大きく、目標小さく コツは小さな目標とその達成の繰り返し
男なら、、、という言葉に酔って 夢をもって大きな目標をたてろ、と言いますが、 これはどうなんだろうね、、、 目標や夢をもつのに男も女もないと思うのだが、、、。 まあ、それはオイトイテ、、、 現実には大きな目標って達成しにくいもの、、。 それよりも小さな目標を立ててそれを達成するほうがいい。 小さな達成を繰り返すに限る。 達成感は次への自信につながるし、気がついたら、小さな達成の 繰り返しの積み重ねが大きな目標と同等にまで膨れ上がるからね。 大きな目標を前にして圧倒され挫折するよりも、できるところから やって自身をつけた方がいいのだ。
毎年正月がくる度に新年の目標を立てる人が多いが、どこまで 達成しているのだろうか。達成いぜんに、目標に向かった行動を意識して示しているのだろうか。 新年の抱負とは掲げるだけのもの、、と思っている人の方が多いのだろう。恒例の儀式。それだけのことだ。 観念遊びの延長でしかない。
夢とか抱負は漠然としない方がいい。大きな夢ほど抽象的で漠然としてしまい、 現実感から遠のくだけになる。実際に、夢を実現する為には目標を立てなくては ならないが、それは小さくて具体性のある目標の方がいい。現実感があるからだ。 例えば、「自由」と叫んで自分で何が自由なのかつかめないでいるよりも、「他人の拘束 から離れる自由」とか「ひとり旅を実現」などとして、具体的には 友人からプレッシャーのある誘いがきても、それに対してNOと言う ことができる自分になることだとか、一人旅ならば二ヶ月に一度は 無計画で旅にでる、、こんな具合でいいのだ。これらの基礎をつくって おけば翌年は意識せずに増幅されるからだ。
「男なら」という言葉も漠然としすぎている。自由、人類愛、平和、全てがそうだ。 もっと身近な具体的なことからはいめなければならない。例えば愛だった なら、一年に一度は無償の汗と時間を与えるという具体的行動だ。観念の 世界で愛を語っていても屁の役にもたたないのだ。平和だったら、平和のため の活動にはいらなければ意味がない。平和全部をみきることなんぞできやしない。 だからできるところから的を絞って平和活動にはいることである。
僕の2002年の抱負は仕事のドレイから己を解放することである。いつ死ぬかわからない わが身。仕事に従属していてはつまらない、かと言って投げ出すわけにもいかない。そん な僕は1月中旬から三週間南米に行ってまいります。楽しみですねえ、なんて言われると ズッコケます。僕にとって旅行や度にでることは楽しみではないのです。観光でないから かもしれません。行く間際まで行きたくない気持ちが強いのです。なにしろやらなければ ならないことばかりなので、、。それでも一度でてしまう と仕事のことはキッパリと忘れる事にしています。インカのマチュピチュとアマゾン に行きます。そしてその後でキューバ。何しろ、カストロは高齢なので早く行って会って みたいのであります。
小野沢、昭志 2002年1月2日